1. コラム

新ヤンキースタジアム、高収益のカラクリ

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 松井秀喜選手が所属する米大リーグ機構(MLB)のニューヨーク・ヤンキースが今シーズンから新スタジアムをオープンしたことは日本でもご存じの方が少なくないと思います。ヤンキースの今シーズン開幕戦は、4月6日のボルチモア・オリオールズ戦でした。今年から上原浩治投手が所属している球団です。

 ところが、この開幕戦は新ヤンキースタジアムではなく、敵地のボルチモアで開催されました。米国の4月はまだ寒い日も多いため、北部のチームが南部に遠征して開幕を迎えるのが普通です。ニューヨーカーにとっては残念なことではありますが、実は、この日、まだ誰もいないはずの新スタジアムで、あるパーティーが開催されていました。

 「VIPビューイング・パーティー」

新ヤンキースタジアムでのパーティー(著者撮影)

 こう名づけられたイベントは、今年からヤンキースの公式スポンサーとなったデルタ航空が主催したもの。バーやレストランが併設された豪華なクラブシート「デルタSKY 360°スイート」のラウンジから、巨大スコアボード(約18メートル×31メートル)で開幕戦を観戦しようという贅沢なイベントです。ラウンジに足を踏み込むと、制服姿の機長やキャビンアテンダントが出迎えてくれます。元ヤンキース選手で、日本でも1980~82年まで読売ジャイアンツでプレーしたロイ・ホワイト選手のサイン会もあり、魅力満載の内容でした。

 クラブシートは日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、米国のスポーツ界では広く浸透しています。専用ラウンジやバー、レストランにアクセスできる高級席で、スポーツファンにとって憧れの場所です。新ヤンキースタジアムでも、広さ約1529平方メートルの「デルタSKY 360°スイート」が完成していました。バックネット裏の1200席に座るファンだけがアクセスすることができる空間には、ソファや高級調度品が設置されています。15億ドル(約1500億円)もの巨費を投じて完成された新ヤンキースタジアムには、他にも7種類のクラブシートが設置されており、クラブシートの座席数だけで約4000席と、スタジアム全座席数(5万2325席)の1割弱にも及びます。

 昨年4月、デルタ航空はノースウエスト航空との合併に合意して、事実上世界最大の航空会社となっています。それだけに、人気球団のヤンキースの本拠地にクラブシートを設置するのは頷けます。ところが、デルタ航空は、ヤンキースばかりでなく、ライバルのニューヨーク・メッツとも10年来のスポンサーシップ契約を結んでいるのです。そして、メッツ本拠地として今年からオープンしたシティ・フィールドでも、同様にクラブシートの命名権を購入しています。そして、ヤンキースタジアムのイベントのわずか3日後、同様のパーティーを開催していました。

シティ・フィールドでのパーティー(著者撮影)

 巨大マーケットとはいえ、ニューヨークの2チームとスポンサー契約を結ぶことは、大胆な戦略に見えます。昨年のリーマンショックに端を発した世界同時不況の真っただ中、多くの企業は宣伝広告費をカットしています。逆風の中、なぜデルタ航空は巨費を投じて攻めの一手を打ったのでしょうか?

 その答えは、まさにこのクラブシートに隠されています。この高級スペースこそ、ヤンキースとデルタ航空の両者にとって、経営を好転させるカギなのです。

客が増えずに、収入が増える

 MLBはここ15年弱でリーグの年商を4倍以上に増やしています。1995年には14億ドル(約1400億円)だった数字が、2008年には60億ドル(約6000億円)を超える水準に達しました。興味深いのは、この間、1試合当たりの平均観客動員数はあまり増えていない点です。むしろ、1994~95年にかけてのストライキで減少した観客が、最近になってようやくスト以前の水準に戻ってきた、と言った方が正確かもしれません(図1)。

 客が増えない状況で、どうやってMLBは売り上げを伸ばしたのでしょうか。まずは、新規事業として、国際収入(外国への放映権やグッズ販売)やニューメディア(インターネット)収入が生み出されたことが挙げられます。また、既存事業でも、国内テレビ放映権やスポンサーシップ収入が順調に伸びただけでなく、チケット収入も急増しました。

 「観客動員が伸びない中で、チケット収入が増えるなんてことがあるのか?」と思う読者の方もいらっしゃるでしょう。実は、この「経営革命」を可能にしたものこそ、クラブシートに代表される高収益座席(プレミアムシート)なのです。

 例えば、1994年に新スタジアム「ジェイコブス・フィールド(現プログレッシブ・フィールド)」をオープンしたクリーブランド・インディアンズは、プレミアムシートを増やして収益構造を変えたことで、チケット収入を倍増させています(図2)。

 インディアンズは1993年まで、収容人数7万人を超えるクリーブランド市営球場を米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)のクリーブランド・ブラウンズと共同使用していました。しかし、同球場にはクラブシートがなかったうえに、スイートボックス(個室型特別観戦席)からの収入もインディアンズの懐には入らない契約になっていました。

 新球場では、2000席以上のクラブシートを設置して、専用のレストランや駐車場も用意しました。こうした高付加価値戦略により、富裕層を取り込んでいったのです。その結果、座席数で全体の1割にも満たないプレミアムシートから、チケット収入の4分の1以上を稼ぎ出すようになりました。こうして、観客数は増えなくても売り上げを伸ばすという“魔法”が可能になったのです。

 (このように、プレミアムシートからの収入を手にできる新スタジアムが建設される前提として、球団がスタジアムを保有する自治体に対して交渉上の優位性を築く必要がありますが、この点については「チームと都市のパワーゲーム」をご参照ください)

雨でも楽しめるスタジアム

 こうしたプレミアムシートに収益構造をシフトさせる動きは、当然ながら新ヤンキースタジアムでも見られます。旧スタジアムでは34室しかなかったスイートボックス(パーティースイートを含む)を、一気に466室に増設しました。また、100席しかなかったクラブシートに至っては4000席まで大幅に増やしています。

 ヤンキースタジアムが進化したのは、収益構造だけではありません。老朽化が進んでいた旧スタジアムでは、スタンドに「詰め込まれる」ような圧迫感がありました。しかし、新スタジアムでは座席の幅からレッグルーム(足元の空間)の広さ、コンコース(通路)の幅など、すべてが改善されています(図3)。これで、ゆったりと試合を観戦したり、気軽にコンコースを歩き回ったりすることができるようになりました。チームグッズを販売する店や飲食店、トイレも大幅に増設されています。コンコースを歩いていると、まるで美術館か博物館を訪れているような錯覚にさえ陥ります。

 さらに、スタジアム内には2880平方メートルの巨大な博物館が併設されており、ヤンキースの歴史や歴代のスター選手などに関する記念品が展示されています。

 先日、雨で試合が中断されている時に、印象的な光景を見かけました。旧スタジアムでは、降雨で中断している間、ファンは屋根の下に移って、じっと試合再開を待っていました。しかし、今シーズンは、ほとんどのファンが座席からいなくなってしまいました。博物館に行ったり、殿堂入りした選手などの銅像が飾られたモニュメントパークを訪れたりするわけです。試合以外のアトラクションが充実していることの証左と言えるでしょう。

旧ヤンキースタジアム(著者撮影)

 これだけ新しく生まれ変わりながら、昔ながらの良さも引き継いでいます。ヤンキースタジアムのフィールドの形状は、独特の魅力があります。極端に狭い外野ポール近くのファールグラウンドから、バックネットに向かって滑らかに伸びるフォルムは、新スタジアムでも再現されています。

 しかし、フィールドの外観は同じように見えても、新ヤンキースタジアムは「全く違う生き物(Whole Different Animal)」として生まれ変わっているのです。

 クラブシートやスイートボックスを大幅に増設し、富裕層を積極的に取り込む一方で、スタジアム内での顧客満足度を徹底的に高め、リピーターを増やす――。実は、このヤンキースタジアムの新戦略こそ、デルタ航空がこの不況を顧みずに、多額のマネーを投じてヤンキースのスポンサーとなったカギなのです。次回は、そんな企業戦略の核心に迫ります。

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