1. コラム

「松井MVP」はカネで買った?(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 ニューヨーク・ヤンキースとフィラデルフィア・フィリーズとの間で戦われた米メジャーリーグ(MLB)のワールドシリーズは、4勝2敗でヤンキースがフィリーズを退け、9年ぶり27度目の全米チャンピオンに輝きました。優勝を決めた第6戦では、松井秀喜選手が先制の2点本塁打を含む6打点の大活躍で勝利に大きく貢献し(1試合6打点はワールドシリーズのタイ記録)、ワールドシリーズMVPに選出されました。この偉業に日本の野球ファンも大いに盛り上がったことでしょう。米国で観ていても、同じ日本人として誇らしい気持ちになりました。

 しかし、MLB球団で突出して年俸総額の高いヤンキースがプレーオフ進出を決め、MLB球団で唯一3ケタの勝ち星(103勝)を挙げてレギュラーシーズンを終えた前後から、米国では「勝利をカネで買った」「MLBの戦力均衡策は機能していない」という批判が再燃しています。果たしてこうした批判は的を射たものなのでしょうか?

勝利はカネで買える

 ヤンキースは、昨年オフにミルウォーキー・ブリュワーズのエース投手だったC・C・サバシア投手と7年総額1億6100万ドル(約144億円)、トロント・ブルージェイズのエースだったA.J.バーネット投手と5年総額8250万ドル(約75億円)の契約を結びました。総額2億ドルを超える投手補強は功を奏し、今シーズンはサバシア投手が19勝(8敗)、バーネット投手が13勝(9敗)と期待に違わぬ活躍を見せ、この2人だけで32勝の勝ち星をヤンキースにもたらしました。野球は守備が重要なスポーツですから、良い投手を獲得することが勝利への一番の近道になるわけです。

 この他にも、ヤンキースはロサンゼルス・エンゼルスのマーク・ティシェラ内野手と8年総額1億8000万ドル(約162億円)の契約を結ぶなど、結局2009年シーズンのチーム年俸総額がMLB全30球団中、唯一2億ドルを突破するほどの大型補強に踏み切りました。2009年のMLBのチーム平均年俸総額は約8834万ドル(約80億円)ですから、約2億145万ドル(約180億円)を注ぎ込んだヤンキースは、平均的なMLBチームの約2.3倍のカネを選手に注ぎ込んだことになります。

 このように、ヤンキースはMLBの中でも「カネ持ちチーム」の象徴的な存在です。特に今シーズンは、カネ持ち球団が多くの勝ち星を挙げました。以下は、今シーズンのMLB30球団の年俸総額をグラフにしたものですが、プレーオフに進出した8チーム(青)のうち、6チームが年俸総額で上位半分にランクインしているチームでした。リーグ優勝決定戦に進出した4チームはいずれも年俸総額が1億ドル以上のチーム(年俸上位9位以上)でした。逆に、各地区の最下位だった6チーム(赤)は、全て年俸総額が下位半分のチームです。


 年俸総額と勝利数の関係をもう少し詳しく見てみることにしましょう。以下の図は、今シーズンのMLBチームの年俸総額と勝利数をマトリクスにしたものですが、年俸総額が高いほど勝利数が多くなる傾向が見られます。ちなみに、右上に突出しているのがヤンキースで、年俸を2億ドル以上も使ったことで、103勝59敗という驚異的な戦績を残しました。

 MLBチームの年俸総額を5000万ドルごとに3グループに分けて平均勝利数を算出すると、以下のような結果になります。「勝利がカネで買える」という現実が見えてきます。

* 1億ドル~1億5000万ドル(8チーム):平均勝利数86.6
* 5000万ドル~1億ドル(18チーム):平均勝利数78.3
* 5000万ドル以下(3チーム):平均勝利数74.7

 もちろん、こうした数字をもってヤンキースを批判するつもりはありません。チームの立場で考えれば、あらゆる手を使って頂点を狙うことはスポーツにおいて当然の考え方であり、何らルール違反を犯しているわけではないからです。むしろ、これはリーグ全体のシステムの問題として捉えるべきことでしょう。

金満常勝ヤンキースの誕生

 このように、年俸総額の多寡によって戦力確保に優劣が生じ、結果的に優勝できる確率が偏ってしまう状態を「戦力不均衡」と呼んでいます。そして、MLBでこの問題が指摘されたのは最近のことではありません。

 米国でプロ野球が発足した19世紀後半、選手と球団の契約関係は非常に緩いもので、選手は好きな時に好きな球団に移ることができました。しかし、優勝の見込みがなくなったチームからシーズン中に移籍してしまう選手が後を絶たず、リーグ戦の運営が混乱してしまいます。そのため、1879年には移籍などの権利を球団に認める「保留条項」が設置されます。選手は自分の意志で球団を移ることができなくなりました。

 1903年、米国の2つのプロ野球リーグ、アメリカン・リーグとナショナル・リーグが合併してMLBが設立されます。背景には、両リーグによる仁義なき選手の引き抜き合戦がありました。しかし、引き抜きが激しくなり、リーグ戦どころではなくなってしまったため、経営的見地から停戦・合併協定を結ぶことにしたわけです。これがMLB設立の経緯です。

 MLBの設立によりライバルリーグが消えると、保留条項の効力が強まり、選手の流動性はさらに低下します。豊富な資金力を有するチームは、獲得した有望選手を長期にわたって囲い込むことができるようになりました。その結果、MLB設立以来61シーズンでア・リーグ優勝28回、うちワールドシリーズ制覇20回を達成したヤンキースのような金満常勝チームが出現し、勢力不均衡が拡大していくことになります。

 MLBは1964年に導入したウェーバー制ドラフト(前年度の勝率が悪いチームから新人選手の獲得指名ができる制度)や、1967年のフリーエージェント制度によって、チーム間の戦力バランスを改善しようと努力してきました。しかし、1990年代以降にドラフトを経ないで入団した外国人選手が増加したことで、再び戦力格差は拡大します。これにつられて新人選手の契約金が高騰し、事実上低収入チームが有望選手の指名を断念せざるを得なくなり、戦力均衡をその目的の1つとするドラフト機能は機能停止に陥ります。

 また、1980年代に入ってテレビ放映権料が高騰したことも、大都市チームと地方都市チームの格差を広げました。ローカル局が支払うテレビ放映権料がチームの主な収入となるMLBでは、本拠地によってチーム間の収入格差が拡大していったのです。それなのに、こうしたチームの財政基盤に起因する構造的な収入格差を是正する措置が取られませんでした。このように、戦力が特定チームに偏り、収入格差までが拡大していく悪循環に陥ります。そして、MLBは「最悪の事態」を迎えます。

リーグの虚偽決算で不信の嵐が

 1994年、MLBはチームの年俸総額に上限を設ける「サラリーキャップ制度」の導入を巡って労使が対立しストライキに突入します。結局、94年シーズンは3分の1弱の試合が行われないまま幕を閉じ、90年におよぶ歴史において初めてワールドシリーズが開催されない年となりました。ストは越年し、当時のクリントン大統領による調停も不発に終わります。結局、サラリーキャップ導入は見送られ、1995年シーズンが1カ月遅れで開幕することになりました。

 戦力不均衡が拡大する中、サラリーキャップ制度を導入しようとするリーグ機構のアプローチは一見、合理的に見えます。しかし、選手会側はリーグの提示する財務内容の信憑性自体を疑問視していたため、合意には至りませんでした。リーグ収入(経営側が提示する財務内容を元に算出)の一定比率を上限として設定するサラリーキャップ制度では、その数値の信頼性がカギになるのです。ところが、経営側が虚偽の経営数字で選手会を欺こうとした前科もあり、不信感がぬぐい去れなかったわけです。

 例えば、1984年にMLBはリーグ全体で4200万ドルの赤字が出ていると労使交渉にて主張していました。しかし、選手会がスタンフォード大学の経済学者を雇って球団の帳簿を精査したところ、実は900万ドルの黒字だったことが判明したのです。近年の球団経営では、テレビ局やスタジアム運営会社など複数の事業体を束ねる多角化経営が当たり前になってきていますが、球団本体の売上を低く見せるための所得移転も常態化しています。そのため、選手会だけでなく、米国のメディアやファンも経営側が提示する数字は頭から疑ってかかっています。

 ストライキによって一番シラけてしまったのは他ならぬファン自身でした。結局、「百万長者と億万長者の喧嘩」と揶揄されたこのストライキにより、翌1995年の1試合平均の観客動員数は2割以上も減少することになります。多くの野球ファンは、甘やかされた百万長者と貪欲な億万長者が、富の奪い合いの泥仕合を展開するゲームには決して足を運ぶまいと心に誓ったのでした。

ストの打撃で目覚めたMLB

 しかし、観客動員数が2割以上も減るという打撃を受けて、さすがのMLBも目が覚めました。MLB設立以来90年以上がたって初めて球団の既得権にメスが入れられたのです。

 MLBが踏み出した大きな一歩は、収益分配制度の導入でした。1996年に新たに結ばれた労使協定にて、2001年までに段階的に高収入チームから低収入チームに収入を再分配することでチーム間の収入格差を縮小し、戦力バランスを均衡化しようという目論見です。これにより、2001年にはおよそ1億6800万ドルが高収入チームから低収入チームに再分配されました。

 実は、1996年に導入された収益分配制度には欠陥があり、その後も継続的に修正が加えられていくことになります。しかし、重要なのは、ヤンキースやレッドソックス、マリナーズといった高収入チームへの痛みを伴った改革が断行されたという点です。つまり、今まで希薄であった「リーグの共存共栄」という視点が芽生えたのです。

 1996年の労使協定では、さらに年俸総額の高いチームに対して課徴金(ぜいたく税)制度も導入されました。この制度はサラリーキャップに代わるものとして、年俸総額の高いチームへの足かせとして設けられたものです。1997年には年俸総額が5100万ドルを超えたチームに、超過額の35パーセントが課徴金として課せられました。

 さらに、リーグ間の交流戦が実施されることになったのも、1996年協定の成果です。それまではワールドシリーズでしか見ることができなかったリーグ間の対戦が観戦できるようになったのです。これにより、ヤンキース対メッツの「サブウェイ(地下鉄)・シリーズ」、カブス対ホワイトソックスの「ウィンディーシティー(風の街)・シリーズ」、ドジャーズ対エンゼルスの「ハイウェイ(高速道路)・シリーズ」といった同じ都市のチームの対決がシーズン中に観戦できるようになりました。

 このように、MLBはストライキで血を流したことでようやくチームの既得権にメスを入れた改革を断行しました。
 あれから13年――。
 MLBでは相変わらず年俸総額で他チームを寄せつけないヤンキースがワールドシリーズを制覇した一方で、スモールマーケットのチームは毎年のように苦境にあえいでいます。後者の代表的なチームであるピッツバーグ・パイレーツは、1996年当時4年連続だったシーズン負け越し記録を17年連続にまで伸ばすという不名誉な記録を更新し続けています。

 MLBの改革は失敗だったのでしょうか? 何が改革を阻んでいるのでしょうか? これについては、次回のこのコラムで解説していきたいと思います。

(次回につづく)


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