1. コラム

米国でスポーツ賭博が合法化される?

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 週1回の頻度で行われる米プロフットボールリーグ(NFL)の中でも唯一月曜日の夜に組まれるその週のベストカードともいえる「マンデーナイト・フットボール」。この試合における誤審騒動で米国スポーツ界は騒然となりました。

 9月24日に実施されたグリーンベイ・パッカーズ対シアトル・シーホークスの一戦で、試合終了間際に5点差で負けていたシーホークスの新人クォーターバック、ラッセル・ウィルソンが投じたヘイルメリー・パス(ゲーム終盤に敗戦濃厚のチームが最後の賭けとして得点を狙うために投げる一か八かのロングパス)は、シーホークスの選手と競り合った守備側のパッカーズの選手にインターセプトされたかに見えました。インターセプトなら、そのまま試合終了でパッカーズの勝利となるはずでした。

 しかし、エンドゾーンにいた審判のうち1人はパス成功と認め、タッチダウンのジェスチャーを、別の一人はインターセプトと認め、タッチバックを指示したのです。結局、ビデオ判定の結果、「同時捕球」と判断され(攻撃と守備の選手がボールを同時捕球した場合は、攻撃側のキャッチと見なされる)、タッチダウンが認められました。下馬評で劣るシーホークスが、残り8秒で逆転しパッカーズを下す大番狂わせになったのです。

3億ドル以上を動かした誤審騒動

 実は、NFLでは今シーズン、第4週までは正規の審判がフィールドに姿を見せていませんでした。NFLと審判組合の労使交渉が決裂し、リーグは審判のロックアウト(締め出し)を実施していたのです。そのため、NFLはOB審判や大学、高校などから連れてきた代替審判で試合を行っていました。

 しかし、NFLとはレベルの全く異なる大学や高校から連れてこられた審判員がすぐにまともなジャッジができるわけもなく、オープン戦時点から誤審が多発していました。そして、全米中が注目するマンデーナイトで、しかも試合結果に影響を与える、あってはならない大誤審が起こってしまったのでした。

 ところで、今回のコラムではNFLの誤審騒動や審判協会との労使交渉について触れるつもりはありません。スポーツとギャンブルについて考えてみようと思います。

 今回の誤審騒動により、ラスベガスやオンラインのカジノでは、合計3億ドル(約240億円)以上もの配当金の支払いがパッカーズ側からシーホークス側にシフトしたと言われています。

 多くのカジノでは、パッカーズの3~4点フェイバリット(有利)でラインが設定されていたようです。試合終了直前まで、パッカーズは12対7の5点差で勝っていたわけですから、そのまま試合が終わっていればパッカーズに賭けていた人が配当金を手にするはずでした。しかし、シーホークスが逆転勝利したことで、正反対の結果になってしまったのです。この一戦では、参加者の約70%の人がパッカーズ側に賭けていたようですが、本来なら配当を得ていたはずのその人たちは、逆に掛け金を失う羽目になったのです。

 驚くことに、今回の誤審騒動を受けてカジノの中には賭け金を返金するところも現れました。ラスベガスのカジノ「ザ・D・ラスベガス」は、パッカーズ側に賭けた参加者にその掛け金の返金を申し出ました。ネバダ州では、カジノがいったん開いた賭けをキャンセルすることは禁止されていますが、賭け金の返金は可能です。

 もっとも、カジノにしても誤審の度に賭け金を返金していたら商売になりません。米国では「誤審のスポーツのうち」という考え方が広く浸透していることもあり、誤審により掛け金が返金されるのは稀です。それだけ明らかに試合結果に影響を与える誤審だったと言えるのかもしれません。

 ラスベガスと言えばカジノですが、ラスベガスのカジノでは多くのスポーツを対象に賭けが行われていることは周知の事実です。「次回のスーパーボウルでは、ペイトリオッツがジャイアンツに対して7点フェイバリット」などのように、カジノでのポイントスプレッドが対戦前の下馬評を伝える目安としてメディアで報じられることもよくあります。

 しかし、こうした報道での印象が強いせいもあってあまり知られていないのですが、実は米国ではスポーツを対象にしたギャンブルは原則として禁止されています。

米国は“スポーツ賭博大国”という幻想

 ラスベガスのあるネバダ州は、モンタナ州、デラウエア州、オレゴン州と並び、例外的にスポーツ賭博が認められている数少ない州なのです。米国では、そのほかの46州と特別行政区(ワシントンDC)において、スポーツ賭博は違法です。

 米国でスポーツ賭博が違法となったのは1992年のことでした。連邦法の「1992年プロ・アマスポーツ保護法」(Professional and Amateur Sports Protection Act of 1992。通称「PASPA」)が成立し、過去に州がスポーツ賭博をきちんとライセンス管理していた前記4州を例外とし、それ以外の州でスポーツ賭博を違法とする法案が成立したのです。

 この法案の成立には、1人の議員の働きが大きな役割を果たしています。ニュージャージー州の民主党議員ビル・ブラッドリー氏です。米プロバスケット協会(NBA)のニューヨーク・ニックスでプレーし、殿堂入りを果たした同氏は「スポーツは若者にギャンブルではなく、目標達成やスポーツマンシップを教えるべきものだ」「スポーツ賭博の合法化は選手の八百長を招き、競技の純粋性を損なう」と主張し、同法案の成立を強力に推進しました(そのため、同法は別名「ブラッドリー法」とも言われる)。

 “ブラックソックス事件”(1919年のワールドシリーズで発生した八百長事件。8選手が永久追放処分を受けた)以来、八百長との決別を誓っている米メジャー(MLB)を筆頭に、米4大スポーツリーグや全米大学体育協会(NCAA)もこの法案の成立に尽力しました。

 以前「チームと都市のパワーゲーム(下)~移転と地域密着を両立させる戦略的取り組み」でも解説したように、米国スポーツ界は“社会の公共財”というステータスを手に入れることによって様々な恩恵に浴しています。その建前を守るためにも、スポーツ組織は自らのブランドを、青少年の健全育成を阻むギャンブルと結び付けるわけにはいかないのです(4大スポーツが、スポーツ賭博を認めている前記4州にフランチャイズを置かないのはそのためだとも言われている)。

 しかし、今年に入りPASPAに反旗を翻す州が現れてきました。今年3月にニュージャージー州が、5月にはカリフォルニア州が相次いでスポーツ賭博を合法化する法案を可決したのです。カリフォルニア州は政府によるPASPA撤廃を継続的に求めるソフト路線を選択しましたが、ニュージャージー州はPASPAを無視してスポーツ賭博を強行するハード路線を進んでおり、物議を醸しています。

 ブラッドリー議員を生んだニュージャージー州がスポーツ賭博の合法化を決めたのは何とも皮肉なことですが、こうした動きに対して米スポーツ界は全面的に争う構えを見せています。8月に入り、4大メジャースポーツリーグとNCAAがニュージャージー州を提訴したのです。

 両者の言い分はこうです。原告のスポーツ組織の主な主張は「ニュージャージー州の法律はPAPSAに違反する」というもので、スポーツ賭博の合法化は「選手の八百長を招き、競技の純粋性を損なう」「ファンと球団間の信用を貶め、フランチャイズに回復不能の損失を与える」とPASPA成立の基本的な考え方をなぞるものです。

“建前”を取るか、それとも“現実”を見るか

 一方、被告のニュージャージー州の主張は「(PASPAにより違法とされる)スポーツ賭博は既に多くの州で広く浸透しており、合法化しても(原告が指摘するような)実害はない」「連邦政府に州のスポーツ賭博を規制する権限はない(憲法違反である)」というものです。

 ニュージャージー州やカリフォルニア州は財政危機に瀕している州として知られており、両州それぞれ2012年に105億ドル(約8400億円)、254億ドル(約2兆320億円)という巨額の財政赤字を予測しています(下表)。こうした財政破たんに瀕した州にしてみれば、スポーツ賭博を水面下で行われるよりは、合法化して税金やライセンス料を徴収したいというのが本音でしょう。

表:州財政に占める赤字比率トップ10

出所:Center on Budget and Policy Priorities

 誤解を恐れずに言えば、スポーツ賭博を巡る訴訟とは、スポーツ界の掲げる“建前”と州政府の直面する“現実”との戦いなのです。

 ここまでは、米国におけるスポーツ賭博の話をしてきましたが、少しスコープを広げて、米国における一般的なギャンブルの動向について触れてみることにします。というのも、実は2012年は米国における“オンラインギャンブル元年”になると見られているためです。

 米国では州単位でギャンブルの合法性が決められているのですが、ブッシュ政権下の2006年に制定された「米国オンラインギャンブル禁止法」(Unlawful Internet Gambling Enforcement Act of 2006。通称「UIGEA」)により事実上オンラインギャンブルは政府により規制されていました。しかし、オバマ政権(司法省)は法解釈を変え、昨年12月にオンラインギャンブルを解禁したのです。

 これは、連邦政府が“建前”よりも“現実”を重視した結果だと言えるかもしれません。従来からオンラインギャンブルには「マネーロンダリングの温床となる」「テロ活動の隠れ蓑になる」といった批判がありました。その一方で、英国の企業を筆頭に、グローバルにオンラインギャンブルを展開する企業が出現し、ビジネスを急速に拡大しています。国境のないインターネットで地理的な規制を行うのは本質的に限界があります。

2012年は“オンラインギャンブル元年”に

 オバマ政権としては、水面下で外国企業に資金が流出するよりは、正式にオンラインギャンブルを認めることで財源化した方が、財政的に困窮する州政府にとっても、IT業界にとっても得策と判断したのでしょう(しかし、スポーツを対象としたオンライン賭博は引き続き禁止されている)。

 2010年に開催されたインターネットギャンブル法制化に関する下院公聴会では、アメリカ人が年間約120億ドル(約9600億円)を海外の違法オンラインギャンブルに投じ、海外ブックメーカー(賭博企業)に約50億ドル(約4000億円)もの売り上げをもたらしている実態が明らかになっています。言うまでもなく、こうした売り上げは米国から課税されていません。

 米国のような規制のないヨーロッパでは、スポーツだけでなく選挙やGDPの成長率、天気などまでが賭博の対象となっています。ブックメーカーがプロサッカークラブのユニフォームに広告を出すことも珍しくありません。一方で、八百長が大きな社会問題になっていることもまた事実です。

 先にも述べたように、スポーツ賭博は解禁されたオンラインギャンブルの例外とされています。米政府によるギャンブルビジネスへの規制が緩和されつつある流れの中で、PASPAの存在からスポーツ賭博だけが例外視されている状況です。先のニュージャージー州の訴訟において、立法と行政が作り出した複雑な規制を、司法がどう判断するかが注目されています。

 日本でも、現在はサッカーJリーグの試合に限定されているスポーツ振興くじ(toto)を野球や相撲といったほかの競技に拡大することも検討されているようです。賭博ビジネスを拒絶し続ける米国スポーツ界において、スポーツ賭博が合法化されるなら、これは日本スポーツ界にとっても注目すべき動きになるでしょう。

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