このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
米メジャーリーグ(MLB)のワールドシリーズが、いよいよ現地時間の今日から始まります。対戦カードは、ご存じのように松坂大輔投手や岡島秀樹投手の所属するボストン・レッドソックスと、松井稼頭央選手が所属するコロラド・ロッキーズ。昨冬、松坂投手がレッドソックスに“世紀の移籍”が決まった時に、現在の状況を想像した人はどれくらい、いらしたのでしょうか。
年俸総額が1億4600万ドル(約168億円)とMLB全30チーム中2位のレッドソックスに、プレーオフ進出チーム中、年俸総額が6300万ドル(約72億円)と最低ランクの27位ながら、最近22戦で21勝1敗と神がかり的な勢いのあるロッキーズがどのような戦いぶりを見せるのか、注目したいと思います。
前置きが長くなりましたが今回も、前回の記事に引き続きレッドソックスの経営について触れていきます。今年のシーズンが始まった頃のこと。小春日和の中、筆者はインターンのN君を連れてニューヨーク市クイーンズ地区にあるシェイ・スタジアムに足を運びました。この日は地元ニューヨーク・メッツとアトランタ・ブレーブスの対戦があり、我々はもちろんメッツの応援に駆けつけたわけです。
球場に到着して席に座ると、すぐさまキヤノンのプロ用機材を持ったカメラマンが近寄って、「撮りますよ」と声をかけられました。言葉に乗せられて、気軽にカメラマンに向かってポーズを取ってしまったのですが、「もしかしたら、後で写真代を請求されるかも」と怪訝に思っていました。案の定、撮影を終えたカメラマンが近づいてきました。ところが、写真代を要求されることはなく、にこやかな表情で、1枚のカードを手渡すのです。
もらったカードを見てみると、そこにはインターネットサイトのアドレスが記載されています。「なんだ、これは?」。N君と首をかしげながら、後日、そのサイトを見て、驚きました。我々のツーショット写真が、当日のチケットとともに額入り記念写真になっていて、さらに写真をプリントしたTシャツやマウスパッド、マグカップなどが購入できるようになっていたのです。
さすがに、男2人のツーショット・マグカップは買いませんでしたが、その商魂たくましさに感心した次第です。メッツの対戦相手はアトランタ・ブレーブスでしたが、実は、この写真サービスが、レッドソックスの先進経営の謎を解くカギでもあるのです。
野球ビジネスのノウハウを売る
このサービスを実施している企業は、ファンフォト。同社は日本のキヤノンとフェンウェイ・スポーツ・グループのジョイントベンチャーです。日本の読者にはキヤノンについての説明は不要でしょうが、フェンウェイ・スポーツについてはご存じない方がほとんどではないでしょうか。
フェンウェイ・スポーツは社名からお分かりのように、この企業は本拠地をボストンのフェンウェイ・パークに置くレッドソックスのグループ企業です。そのフェンウェイ・スポーツが出資するファンフォトは、この写真サービスを2004年7月のオールスターゲームで開始しました。
ファンフォトはこのサービスを現在、メッツ以外にもフィラデルフィア・フィリーズなど大リーグや大学スポーツなど13チームのスタジアムで展開しています。読者の中には、なぜレッドソックスのグループ企業が、他球団の本拠地でもサービスを実施しているのかと不思議に思われる方もいるでしょう。その理由はフェンウェイ・スポーツの事業目的にあります。
フェンウェイ・スポーツが設立されたのは2004年のこと。事業内容は、スポンサーシップ営業やトレードマークなどの知的財産管理、イベント運営、コンサルティングなど多岐にわたっています。要はレッドソックス経営で蓄積されたノウハウを、レッドソックス以外のクライアントに対して販売している会社です。
ここで重要なポイントは、フェンウェイ・スポーツの売上高が、MLBの収益分配制度の対象にならないことです。つまり、納税の対象となる収益に加算されないため、稼いだカネが貧乏球団に分配されずに済むわけです。
MLBはカウンティー(郡)単位で各チームのフランチャイズ地域を厳密に定めており、原則としてチームが規定された地域外でMLB関連ビジネスを行うことは禁止されています。しかし、フェンウェイ・スポーツという別会社ならば、フランチャイズの縛りを受けることなくレッドソックス経営で蓄積したノウハウでカネを稼ぐことができるのです。
インターネットで地域制限を越える
フェンウェイ・スポーツがフランチャイズの制約から抜け出した第一歩は、インターネットの活用でした。MLBは、チームとリーグのすべてのインターネット関連ビジネスをMLBアドバンストメディアという関連会社に集約しています。フェンウェイ・スポーツは、2004年にキヤノンと共同出資で、冒頭の写真サービス会社、「ファンフォト」を設立します。そして、MLBアドバンストメディアとの間にマーケティング契約を結んだのです。
こうしてフェンウェイ・スポーツは、MLBのインターネットビジネスのアウトソーシング先企業として、他球団に対するサービスを提供できるようになりました。レッドソックスはフランチャイズの垣根を越えたのです。
しかし、フェンウェイ・スポーツとレッドソックスは、まさに表裏一体の組織です。フェンウェイ・スポーツのトップは、レッドソックスで最高執行責任者(COO)を務めるマイク・ディー氏で、ほかの幹部もレッドソックスとの兼任者が少なくありません。
フェンウェイ・スポーツのオフィスは、フェンウェイ・パーク内にある球団事務所の通りを挟んだ向かい側にあります。トップのディー氏は、時間の使い方を「レッドソックスに80パーセント、フェンウェイ・スポーツに80パーセント」と冗談を飛ばすほど、両社を頻繁に行き来しており、どちらの仕事か区別が難しいことも多いようです。
フェンウェイ・スポーツの事業展開は、野球関連に限りません。
今夏、8月16日からボストンの南東に隣接するクインシー市でプロビーチバレーボールの大会が開催されました。4日間にわたる熱戦には、全世界から150名以上のトッププロビーチバレー選手が参加し、試合の模様はNBCによって全米に中継放送されました。
このイベントを手がけたのも、フェンウェイ・スポーツでした。2007年6月にプロビーチバレー協会と提携し、ボストンエリアでの大会運営を受託しました。すると、あっという間にレッドソックスのスポンサーである家具販売会社、ボブズ・ストアーズと、大会の命名権契約を締結しました。そして、大会を成功に導いたわけです。
経営ノウハウのレバレッジ
プロスポーツばかりではありません。
2005年、米国大学スポーツの強豪校として知られるボストンカレッジは、それまでに所属していたビッグ・イースト・カンファレンスからアトランティック・コースト・カンファレンス(ACC)に移籍しました。この移籍に伴い、ボストンカレッジはACCにおいてマーケティングプランやブランディング戦略を練り直す必要に迫られました。そして、白羽の矢が立ったのが、フェンウェイ・スポーツでした。
2005年2月、両者は包括的なマーケティング契約を結びます。そして、プロビーチバレー協会と同様に、フェンウェイ・スポーツが築いていた地元企業との関係を使い、スポンサーシップ収入を大きく伸ばすなど、そのマーケティングノウハウを駆使して、ボストンカレッジのACC移籍をスムースに軌道に乗せました。
こうした成果があったことから、ボストンカレッジは今年8月、フェンウェイ・スポーツとの提携を12年間も延長する大型契約を結びました。9月には、レッドソックスで好評だったアウェイゲーム観戦パッケージをボストンカレッジのチケット販売にも転用することを決め、増収を目論んでいます。
フェンウェイ・スポーツの先進的な取り組みは止まるところを知りません。今年2月には、米国で人気のカーレース、「NASCAR」に参戦するレーシングチームの発行済み株式の50%を約6000万ドル(約70億円)で取得しました。
レッドソックスのロゴを、レースマシンの車体デザインに取り入れ、さらにはレッドソックスのテレビアナウンサーにテスト走行を体験レポートさせたり、試合前にドライバーを登場させたプロモーションイベントを実施しました。レッドソックスとNASCARの顧客を上手く連動させるマーケティングを展開しているわけです。
こうして見ると、レッドソックスが既存のプロ野球球団の枠をはるかに上回る経営努力を続けていることが分かります。伝統的な野球ビジネスの収益を最大化するだけではないのです。そこで得たスポーツビジネスのノウハウを、競技やプロアマといった壁を超えて、あらゆるスポーツ組織体へと展開し、収益を上げています。
松坂投手に巨額のカネを払うことができる背景には、野球ビジネスを超えてその 経営インサイト(ノウハウ)を有効活用できる「レバレッジ経営モデル」がある のです。 果たして、日本のプロ野球の球団経営が、レッドソックスのそれと肩 を並べる日は来るのでしょうか。
設立以来、日本のプロ野球は、親会社の宣伝広告ツールとして「固定費」化されてきた実態を考えると、一朝一夕に実現できることではないかもしれません。しか し、レッドソックスのように顧客をきっちりと再定義し、そこに付加価値を生み出す不断の経営努力なくして、日本の野球界がMLB球団との経営力の差を埋め、MLBへの 選手流出を止める根本的な解決を図ることは難しいのではないでしょうか。
ワールドシリーズでの“日本人対決”を目の当たりにして「自分もMLBでやりたい、やれるのではないか」と考える日本人選手はこれまでよりもいっそう増えたかもし れません。それに日本の球界は、球団経営の面からも対応が迫られるでしょう。
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