1. コラム

チームと都市のパワーゲーム(中)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、米国プロスポーツ界では球団移転が球団経営の効率性を高めるための手段になっている実態をご紹介しました。ロサンゼルス・ドジャースやワシントン・ナショナルズ、シアトル・マリナーズなどの例を用いながら解説したように、多くの球団が自治体から最新スタジアムの提供を受けたうえ、年間数千万ドル(約数十億円)もの収益が懐に転がり込む有利なリース契約を結んでいます。

 では、球団移転プロセスで、球団はなぜ都市に対して大きな交渉力を発揮することができるのでしょうか。当然、球団移転の過程における交渉力は、球団を誘致したい都市(需要側)と球団数(供給側)の「需給バランス」によって決まることになります。結論から先に言ってしまうと、米国プロスポーツは、2つの「独占」を巧妙に仕組むことによって、球団移転プロセスにおいて必ず供給側の球団が有利に交渉を進めることができるポジションを手にしているのです。

都市の誘致競争を煽る

 1つ目の独占は、球団を誘致できる経済力を有する都市の数が、球団数よりも多くなる状況を作り出すことで生まれます。球団数をコントロールすることで、常に「需要過多」の状況を作り出すわけです。そうすれば、ある球団が「移転したい」と言った場合、多くの都市が「うちに来てほしい」と競争することになるわけです。球団は、勝手に都市で競争させておけば、有利な契約が転がり込んでくるのです。

 米国メジャースポーツでは、新球団が加入することは簡単ではありません。既存チームのオーナーからの賛成が必要です。そうして、リーグに所属するチーム数を厳密にコントロールしているのです。特に優れているのは、エクスパンション(新規球団の参入)に際し、大都市ばかりでなく、中規模の都市にも招致できる機会を提供している点です。


カウフマン・スタジアム
(写真提供:鈴木友也氏、以下同)

 例えば、小規模都市の代表的なチーム、米メジャーリーグ(MLB)のカンザスシティー・ロイヤルズがエクスパンションによって誕生した1969年当時、この都市の人口はわずか130万人でした。カンザスシティーより人口を持ちながら、MLBがフランチャイズを置いていない都市は全米に9つもあったのです。つまり、新規参入のハードルを下げることで、候補都市の数を増やしているのです。これにより、需要過多の状況が維持されるわけです。

球団の脅しに屈する巨大都市

 2つ目の独占は、「すでにチームがある都市には、新球団を作らない」という原則によって、地域1球団を保っていることです。例えば、MLBでは各チームに半径15マイル(約24キロメートル)のテリトリー権(Territorial Right)が認められています。この圏内は、球団の独占マーケットになっているのです。もしも新球団が、既存球団のテリトリー内に本拠地を設置する場合は、全オーナーの4分の3以上の同意が必要となります。つまり、既存球団のオーナーの地理的利権がルールによってしっかりと守られているわけです。

 この「独占」は、前回コラムのマリナーズの事例のように、フランチャイズを置く地方自治体に対して球団が移転話を持ちかけた際、その効果を最大限に発揮することになります。つまり、地方自治体としてはフランチャイズを取って代わる球団があれば、「転出するぞ」と脅す球団に動じることなく、「どうぞ出ていってください。他のチームにきてもらいますから」と言うことができます。ところが、テリトリー権があるため交渉相手が限定されてしまい、はったりと分かっていても交渉のテーブルに着かざるを得ないのです。

 分かりやすい例が、1974年にニューヨークで起こりました。ニューヨーク・ヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレーナー氏は、ヤンキースタジアムの老朽化を理由に、チームをニュージャージー州に移転するとほのめかしたのです。これに対し、ニューヨーク市はヤンキースを同市に引き留めるために、急遽2億5000万ドル(約250億円)のスタジアム改装計画を提示せざるを得ない羽目になりました。結局、ニューヨーク市は改装費約1億ドルを市の公債で調達して改装を実施し、ヤンキースはニューヨークにとどまったのです。

 この例でも分かるように、ニューヨーク市はどの球団も本拠地としたい全米最大のマーケットなのに、ヤンキース以外のチームをMLBオーナーの承認なくしては招致することができないのです。つまり、ニューヨーク市にとって、ヤンキースが唯一の交渉相手ということになり、それが単なる脅しであろうと、チームがニューヨークから去ってしまうことを避けるために、譲歩せざるを得なかったのです。

 このように、都市と球団の駆け引きで、球団が有利になるように仕組まれているのです。こうした独占体制が出来上がっているところで繰り広げられる球団移転交渉は、ゲーム理論で言う「囚人のジレンマ」に酷似しています。勝者総取りのゼロサムゲームである球団移転交渉において、1つの球団を誘致するため、多くの都市が互いに好条件を競い合う…。球団は何も譲歩する必要がなく、しかも最高の条件を手にすることができるのです。

新スタジアムを作っても、消費は活性化しない?

 球団が絶対的に有利なのに、なぜ多くの都市が誘致合戦を繰り広げるのでしょうか。

 その理由として、球団誘致に伴う新スタジアム建設による経済効果を挙げる人が多いかもしれません。実際、新スタジアムを建設する際は、必ずと言っていいほど「スタジアム建設による経済効果は数億ドル」といった調査報告が発表されます。

 しかし、米国の経済学者の間では、「新スタジアム建設による実質的な経済効果(新たな消費を作り出す効果)はほとんどない」というのが定説となっています。

 第1の理由は、スタジアムができた経済効果は、他に使っていたカネが回ってくるだけだという点です。消費者の余暇費用は限られています。もし、自分が住む街に球団がやってきても、試合を観にいくカネは、ボーリングやゴルフ、食事に使うはずの予算を回しただけなのです。つまり、消費者の出費を、地域内で動かしただけだというわけです。

 第2の理由は、新スタジアムが得た収入の大部分がチームの懐に入り、しかも選手の懐に入るのです。MLBではチーム収入の53~55%が選手年俸に充てられます。

 しかし、スポーツ選手は必ずしも地元に住んでいるわけではなく、他の都市で消費することが少なくありません。また、高額所得者であるスポーツ選手は、付加収入がそのまま消費に回ることは稀で、大部分は貯金や金融商品に形を変えて世界のマネーマーケットへと流れていくことになります。つまり、スタジアム建設によって入ってきたマネーは、多くが地元に還元されないのです。

 それどころか、新スタジアムが建設されれば、地元民がカネを落としてくれたはずのボーリング場や映画館、レストランの収入が減る可能性があります。こうした産業は、消費活動の大部分を地元で行っているのです。だから、郊外のモールの建設によって“シャッター商店街”が増えたように、新スタジアムを作ったものの、試合観戦に取って代わられたエンターテインメントは活気を失う、という皮肉な事態にもなりかねないわけです。

都市が球団を欲しがる真の理由

 それなのに、なぜ都市は球団を欲しがるのでしょうか。

 最大の理由は、再開発の目玉になるからです。米国の多くの都市の中心街は、1950年代から始まった郊外化現象により打撃を受けています。この流れは1960年代のモータリゼーションによって一層加速され、物価が安く、住環境・労働環境が整った郊外に人口が移動しているのです。都市部の空洞化が進み、老朽化した施設や住宅などが放置されるようになり、犯罪率が増加しています。すると住民は逃げ出し、空洞化がさらに進んでしまう悪循環に陥るのです。

 こうした中で、多くの自治体は都心の復興に力を入れるようになりました。そして、スポーツ施設建設はこうした戦略の中心となるのです。実際、新スタジアム建設は都市部再開発プロジェクトの象徴として位置づけられることが少なくなく、地元のランドマークを取り壊さずに、あえてスタジアムの一部として残す試みもトレンドとなっています。

オリオールパーク・アット・カムデンヤーズ

 例えば、MLBのボルチモア・オリオールズの本拠地として1992年に建設されたオリオールパーク・アット・カムデンヤーズでは、地元のランドマークであった東海岸最大の倉庫がライトスタンド奥にそのまま残されています。倉庫の内部は改装され、1階部分には球団オフィシャルショップやレストラン、パブなどが設置されており、2階から上は球団事務所となっています。

ペトコ・パーク

 また、MLBのサンディエゴ・パドレスの本拠地として2004年にオープンしたペトコ・パークでも、1909年から残る歴史的建造物「ウェスタン・メタル・サプライ・カンパニー」を取り壊すことなくレフトスタンドのポール際に残しています。パドレスは4階建てのこの建造物を、1階は球団オフィシャルショップ、2~3階はスイートボックス、4階は殿堂博物館兼レストランに改装して有効活用しています。

球団に去られた都市は、「妻に逃げられた男」

 このように、スタジアムは「都市の顔」としての役割を果たしているわけです。地方分権を基本とする米国では、地方自治体が独自の産業政策を策定し、他の自治体との違いを打ち出しながら地域経済の活性化を進めていく責任を負っています。そこで、しばしばスタジアム建設がこの戦略の中心となるのです。いわば、都市のブランド戦略なのです。特に、1980年代に多くの都市が慢性的な財政難に直面すると、地方自治体がこぞって「復興した都市」というイメージ作りの手段として、球団の誘致や新スタジアムの建設を進めました。

 地元意識の強い米国では、こうしたブランド戦略が帰属意識を高めるという効果をもたらします。「おらが街のチーム」があれば、住民はカネを払って野球場で試合観戦する機会を得るだけでなく、テレビ観戦したりラジオを聴いたり、新聞やテレビのニュースでチームの活躍を目にします。こうした数字として表れない効果も地元住民のQOL(生活の質)を高めます。こうしたブランド戦略の成否は、政治家にとっては、選挙結果にも影響するので、力が入るわけです。

 米国では、「球団に去られた都市は、妻に逃げられた男のようなものだ」というジョークがあります。「球団を失うことは、球団がないことよりも悪い」とも言われるため、仮に移転話が持ち上がれば、球団がフランチャイズを置く自治体の政治家は、引き留めに躍起になるというわけです。逆に、球団を誘致することに成功すれば、それは大きな成果として一生語り継がれることになるのです。

 ニューヨーク・メッツのシェイ・スタジアムや、カンザスシティー・ロイヤルズのカウフマン・スタジアムのように、球団誘致や球場建設に尽力した人物の名前が施設名に冠されているのはそのためです(それぞれ、球団誘致に尽力した弁護士、ウィリアム・シェイ、初代球団オーナー、ユーイング・カウフマンが球場名の由来となっている)。

 さて、このように多分に政治的な色彩を帯びながら繰り広げられる球団移転は、一見すると「地元を捨てる」と考えられ、地域密着と逆行する行為のように思えます。これが、球団経営やリーグ経営に悪影響を与えることはないのでしょうか。次回のコラムでは、この点について考察していきます。

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