1. コラム

プロ選手の心に根づく“カーネギーの教え”

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、米メジャーリーグで日本人2位の勝ち星を挙げている大家友和投手のチャリティー学習体験ツアーについてリポートしました。現在、大家投手はメジャー登板を目指して、マイナーに所属しています。私は、彼を訪ねて本拠地のノースカロライナ州シャーロットに出向いて、ある心温まる光景を目撃しました。

 私が、スカウティング(相手打者の調査・分析)をしている大家投手やその仲間たちとバックネット裏から試合を観戦していた時のこと。目の前の席に、両親と一緒に試合を見に来ている5歳くらいの男の子がいました。すると、ちょうどその子の近くにファールボールが飛んできたのです。

 男の子はシートを乗り越えて、ボールに駆け寄っていったのですが、残念ながらタッチの差で近くに座っていた男性にボールを取られてしまいました。その男の子は、がっくりと肩を落としながら両親のところに戻ると、声を上げて泣き出してしまいました。周りの客席からは、ボールを取った男性に「子供にボールをあげたらどうだ」といったヤジも飛んだのですが、その男性は涼しい顔をして観戦を続けたのです。きっと、自分の息子へのプレゼントにでもしたかったのでしょう。

 すぐ後ろに座っていた我々は、その光景にやりきれなくなりました。仲間の1人が、ぽつりと「あの子にボールあげられないかな」と言うと、大家投手が「そやな」と言って席を立ち、クラブハウスからボールを取ってきました。仲間の1人が、大家投手からだと告げてボールを男の子に渡すと、さっき泣いていたのが嘘のように笑顔が広がりました。はにかみながら大家投手のところにやってきて、お礼を言って戻っていきました。

 胸のつかえが取れた我々は、ホッとして試合観戦を続けることができました。

 すると、今度はその子の前に座っていた青年がポケットからボールを取り出して、その子にそっと手渡したのです。実は、彼も相手チームの選手で、試合をスカウティングしていたのでした。そして、やはり男の子のために、わざわざクラブハウスに戻ってボールを取ってきたのでした。恐らく、彼はまだ20代前半の若手マイナーリーガーです。敵地のゲームにもかかわらず、相手チームのファンに温かく接する選手の姿を見て、「米国でスポーツ選手になること」の意味を噛みしめました。

スポーツ選手は、カーネギーやロックフェラーと同じ

 こうした行為を誰に言われるでもなく自然にできることが、米国におけるスポーツの社会貢献活動の根底に流れる価値観だと思います。日米を単純に比較するわけではありませんが、日本のスポーツ関係者からは、「選手はフィールド上でのプレーに集中することだけが自分の仕事だと思っている」という話をよく耳にします。

 選手にとって、フィールド外での活動は、練習や休息の時間を奪うため、試合でのパフォーマンスに悪影響を及ぼすと思っているのでしょう。ある意味での「職人気質」が、広報や社会貢献といった活動の妨げになっているわけです。

 なぜ、米国では慈善意識(Charitable Mind)が生まれるのでしょうか? 日本語で「慈善活動」を意味する「チャリティー」(Charity)という言葉は、「博愛」や「慈悲」を意味するキリスト教用語だったそうです。米国の人口3億人のうち、約8割がキリスト教徒だと言われています。キリスト教の特徴とされる「博愛」や「慈悲」「奉仕」の精神が、米国プロスポーツに見られる積極的な社会貢献活動の根底にあると考えることはできるかもしれません。

 社会貢献は、成功した事業家やプロスポーツ選手にとって、暗黙の了解として求められているのでしょう。鉄鋼事業で巨万の富を築いたアンドリュー・カーネギーは、「裕福な人はその富を浪費するよりも、社会がより豊かになるために使うべきだ」という信念から1902年に慈善団体「カーネギー財団」を設立しました。

 そして、カーネギーメロン大学やカーネギーホールの開設など、教育や文化でも幅広い慈善活動を展開したのです。「すべての人に無料の図書館を」という理念の下、全米各地で公立図書館設立を支援したことは、米国人ならば多くの人々に知られています。

 また、石油事業で巨額の富を築いたジョン・ロックフェラーも、1913年にロックフェラー財団を設置し、一族が築き上げた巨額の資産を慈善事業に寄付しています。

 こうした米国の伝統的な価値観が、プロスポーツによる社会貢献活動にもつながっていると言えるでしょう。

自己満足で終わらせない

 しかし、選手が慈善活動に積極的に参加する理由は、キリスト教の精神ばかりが理由ではありません。その裏では、スポーツ組織が支援・促進する仕組みを整えているのです。

 米国4大プロスポーツでは、全米バスケットボール協会(NBA)を除く3つのリーグは、機構が「501(C)(3)基金(免税権を持つNPO)」を設立しています。この基金への寄付は、法人で連邦課税所得の10%、個人は調整後総所得(AGI)の最大50%の寄付控除を受けることができます。例えば、AGIが100万ドルの選手なら、最大50万ドルの寄付まで全額控除されることになります。 リーグ機構がこうした基金を設立していることで、選手は社会貢献のための金銭的・時間的なコストを節約することができるのです(もちろん、自ら基金を設立している選手も大勢います)。

 例えば、アメリカンフットボールのNFLが1973年に設立した「NFLチャリティー」の財務報告書によれば、2007年3月の総資産は約1773万ドル(約18億6165万円)で、2006年度の活動における収入は約1263万ドル(約13億2615万円)、支出は約962万ドル(約10億1010万円)となっています。収入の3分の2は選手やチームからの寄付金が占めています。

 NFLでの社会貢献活動は、NFLチャリティーが中心となり、各チームが活動のハブとなって全米展開されているのです。

 しかも、米国プロスポーツが優れているのは、こうした社会貢献活動を単なる「Feeling Good(良いことをした、という自己満足)」で終わらせないところです。「チームと都市のパワーゲーム(下)」でも解説したように、地域に密着した社会貢献活動を戦略的な手段として活用しているのです。

スポーツ界の外からも積極的なサポートが

 選手の慈善活動を支える仕組みは、スポーツ組織の中だけではありません。ニューヨークに拠点を置く基金団体の「ロックフェラー・フィランソロフィー・アドバイザー」(Rockefeller Philanthropy Advisors=RPA)や、ロサンゼルスに拠点を置く「ギビング・バック・ファンド」(Giving Back Fund=GBF)も、プロスポーツ選手の社会貢献活動に幅広いサポートを提供しています。

 こうした組織は、選手の慈善基金の設立や運営を代行してくれるばかりか、豊富なノウハウによって、コスト削減や効果的な活動に向けたコンサルテーションまで行ってくれます。

 大家投手は、ロックフェラー財団の支援によって、RPAの中に専用の基金を設けてもらい、ドリームツアーを含めた日本での社会貢献活動の支援窓口にしています。これにより、大家投手は自ら501(C)(3)基金を設立する手間をかけずに、免税特典を使いながら社会貢献活動を続けているわけです。

 ロックフェラー財団のような組織の支援は、スポーツ選手にとって大きな利点があります。選手が個人で慈善活動を行う場合、かつては家族や親戚をスタッフとして雇い、ロクな活動も行わないまま高額な給与を払って、節税の抜け穴として活用されていた事例もありました。そこで、最近ではきちんと社会貢献活動に費やされているか、社会の目が厳しくなっています。RPAやGBFを窓口にすれば、透明性も増し、不要な時間やコストを削減することができるというわけです。

 GBFでは不必要な間接費が膨らんで、社会貢献活動を圧迫することを防ぐ手段も作られています。例えば、社会貢献活動に80、間接費に20のコストがかかるとしたら、全体の100に対して寄付金を募るのではなく、80と20の金額を、それぞれの用途ごとに寄付を募るのです。ドナーからしてみれば、自分のカネが社会貢献活動につぎ込まれるのか、基金の運営という間接費に用いられるのか、事前に分かっているので気持よく寄付できるわけです。

 このように、米国ではスポーツ選手が、そもそも慈善意識を持っていることに加えて、その活動を支える仕組みが整っています。だから、子供たちや地域社会に強い影響力を持つ選手たちが、より積極的にその効力を発揮していく…。日本人メジャーリーガーが増え続ける昨今、日本にもそうした流れが少しずつでも伝播していくかもしれません。大家投手は、その先陣を切った1人ではないでしょうか。


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