1. コラム

身の丈経営の「おらが球団」で街おこし

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回「スポーツで実現する地方再生」のコラムでは、米国の地方自治体が「スポーツコミッション」と呼ばれる組織を作って、スポーツを軸にした地方再生を図っている事例を紹介しました。スポーツコミッションは、単なる観光案内ではなく、マーケティングアドバイザーとして積極的にスポーツ団体やイベントを招致し、地元の発展や住民サービスの向上に貢献しています。

 スポーツ興行の弱点は、いくら観客が望んでも、頻繁に試合(イベント)が開催できないことです。選手が疲弊してしまいますし、天候や季節の問題もあるからです。米4大プロスポーツで、最も試合数が多いメジャーリーグ(MLB)でも年間試合数は162試合です。つまり、ホームゲームは81試合しかなく、年間280日強はスタジアムが稼働していないことになります。現在、米国ではいわゆる「ノン・ゲームデー(試合のない日)」の収益をどう上げるかが、球団経営の重要課題になってきています。最近、MLBでは、複数の球団がノン・ゲームデーのイベントを共同で開発しようと動き出しました。

 ここでも、スポーツコミッションの役割は重要になってきます。地域にある複数スポーツの施設を横断的に捉えて、稼働率を上げる役割を担えるからです。米国のスポーツコミッションが増加した背景に、「ノン・ゲームデー」問題があるわけです。スポーツ施設の利用が活性化すれば、それだけ地域経済は潤うわけです。

 自治体の中には、スポーツコミッションを超えた取り組みをしているところもあります。より積極的、かつ直接的にスポーツに関わり、地域再生に結びつける取り組みです。

7軍まである多様なマイナー球団

 「スクラントン・ウィルクスバレー・ヤンキース(SWBヤンキース)」

 このチームは、ニューヨーク・ヤンキース傘下のトリプルA球団で、井川慶選手がプレーしたこともあります。実は、SWBヤンキースは、自治体が保有する球団なのです。ビジネスとしての厳格なルールを持つMLBこそ、自治体によるチーム保有を禁止していますが、マイナーリーグでは認められています。

 マイナーリーグと一言でいっても、「トリプルA」(日本の2軍に相当)→「ダブルA」(3軍)→「アドバンストA」(4軍)→「シングルA」(5軍)→「ショートシーズンA」(6軍)→「ルーキーリーグ」(7軍)と多くの階層があります。トップのメジャーは30球団ですが、マイナーリーグは8倍の240球団が存在します。球団経営も、所属するリーグやマーケット(都市)の大きさによって、全く異なります。

 徹底的にビジネスを追求し、メジャー顔負けの営業利益や観客動員数を誇る球団もあります。一方で、免税特権を持つ非営利組織(NPO)の球団も存在します。そして、SWBヤンキースのように、自治体が地域再生を目的に運営するチームまであるわけです。このように、マイナーリーグの球団経営手法は千差万別なため、利益追求だけにとらわれない多様な経営形態が存在します。

炭坑が廃れて、スポーツを主要産業に

 人口6000人弱のペンシルベニア州ムージックが、SWBヤンキースの本拠地です。そして、地元のラカウオナ郡とルーザン郡が「オーナー」というわけです。ムージック周辺は、第2次世界大戦前までペンシルベニア州の炭鉱産業の中心地として栄えました。しかし、大戦後、エネルギーが石油や天然ガスにシフトしていくと、炭鉱業は急速に衰退していきました。1970~80年代になると郊外にショッピングセンターや娯楽施設が出現し、街の中心部はさらに廃れていきました。

 これに危機感を抱いた地元弁護士のジョン・マクギー氏は、炭鉱に代わる産業を誘致できないかと知恵を絞り、マイナーリーグに目をつけます。1970年代終わりには、球団誘致のためのグループを発足させ、事業プランの検討を開始しました。

 マクギー氏の事業計画は、ラカウオナ郡の2人の政治家の目に留まります。そして、「自治体による球団経営」が選挙公約として掲げられたのです。そんな公約が受けたのか、2人は当選を果たし、ノースイースタン・ベースボール株式会社(NBI)が設立されました。代表にはマクギー氏が座り、ムージックから約400マイル(640キロメートル)離れたメイン州オールド・オーチャード・ビーチにフランチャイズを置いていた「メイン・ガイズ」というチームを245万ドルで買収します。1989年のことでした。これが、SWBヤンキースの前身、「SWBレッドバーロンズ」の誕生物語です。2007年、提携先をフィラデルフィア・フィリーズからニューヨーク・ヤンキースに変更して、チーム名が今のSWBヤンキースに変更されました。

 実は、ラカウオナ郡とルーザン郡は、スポーツを炭鉱業に代わる新たな主要産業の1つと位置づけていたのです。1983年、地元にスキーリゾートをオープンし、ホテルや交通機関を整備しています。そして、6年後に球団を買収すると、「夏は野球、冬はスキー」という通年スポーツレクリエーションの環境が整いました。その後、この地域には劇場やゴルフコース、オフィス街、住宅街などが整備されて、約4000人の雇用を生み出すことに成功します。

「お役人経営」のリスクも

 自治体による球団保有のメリットは何でしょうか。以下の3点が挙げられます。

 第1に、移転の心配がありません。通常の球団保有では、経済合理性によって球団が他の都市に移転してしまうリスクがつきまといます。ところが、自治体が球団オーナーとなってしまえば、このリスクは小さくなります。長期間、安定的に球団を育成、運営することができるわけです。

 第2に、球団による地域活動が積極的になります。自治体がオーナーなので、選手や球場といった球団の資産を有効活用して、コミュニティー活動が展開されていくわけです。

 第3に、住民への心理的な効果が高まります。衰退する地域では、住民は自信を失い、街も活気が失せていきます。そこに、「おらが街のチーム」が誕生すれば、住民は再びプライドを取り戻し、生活も豊かさを増すというわけです。

 では、自治体による球団保有のデメリットは何もないのでしょうか。

 前にも触れたように、「コスト意識の薄い役人にビジネスができるのか」という懸念は残ります。SWBレッドバーロンズの場合、マクギー氏が綿密な事業計画を用意していたこともあり、球団保有2年目から単年度黒字を達成することができました。しかし、運営上の問題は少なくありません。

 会計監査院と検事総長による捜査で、州法や情報公開法に違反した事実が明らかになっています。競争入札を行わずに総額150万ドル(約1億5000万円)の物品を購入し、財務報告の遅延もありました。

7球団を運営する「球団経営のプロ」

 この事件をきっかけに、自治体の球団運営を嫌う住民が増えました。そこで、2006年から、SWBレッドバーロンズの運営権は、ロサンゼルスのスポーツマーケティング会社「マンダレイ・エンターテイメント」にアウトソースされています。自治体が球団を保有したまま、運営だけをプロに任せるわけです。自治体には、球団収益の一部が回ってくる仕組みです。

 実は、マンダレイは、球団運営だけでなく、マイナー4球団を実際に保有しています(下表参照)。このように、同じオーナーが複数の球団を保有することを「クロスオーナーシップ」と呼びます。MLBでは、敗退行為(いわゆる八百長試合)を防止するために、クロスオーナーシップは禁止されています(MLBとNBAのように、異なるスポーツ間で複数球団を保有することは認められている)。しかし、何階層にも球団レベルが分かれ、球団数も多いマイナーでは、異なる地域リーグ間のクロスオーナーシップが認められているのです。

 マンダレイは、ここに目をつけ、次々にマイナー球団の買収や運営権の取得を進めたのです。様々な経営手法が混在し、古い経営体質の残る球団が少なからず存在するマイナーリーグでは、合理的なマーケティング手法を複数のチームでいっせいに展開してレバレッジを利かせることが容易なわけです。

メジャーではできない自治体の「身の丈経営」

 こうして、SWBヤンキースは、地方自治体が保有するマイナー球団で、最も成功している球団の1つと言われるようになりました。その背景には、球団運営をプロにアウトソースした事実があります。

 一方で、MLBでは自治体による球団保有が禁止されています。実際にこんな事件がありました。かつて、サンディエゴ・パドレスはマクドナルド創設者のレイ・クロック一族が保有していました。そして、1984年にレイ・クロック氏が他界すると、未亡人はチームをサンディエゴ市に寄付しようとしました。しかし、MLBはこれを認めませんでした。MLBでは、球団保有は営利目的に限られており、公共サービスの担い手である自治体の球団保有は、このポリシーにそぐわないためです。

 メジャーレベルの球団経営には、当然プロの経営者が求められます。球団経営者は、球団価値を最大化する責任を負います。年間数億ドルの予算を持つ営利法人であるメジャースポーツチームの経営を、公共サービスの担い手に任せることは危険すぎると考えられているのです。

 こうした中、マイナー球団の経営に自治体が参入しようと考えるのは、「身の丈経営」が実現できるためでしょう。直近の自治体によるマイナー球団買収は、1995年のペンシルベニア州ハリスバーグ市によるセネターズ買収です。その買収価格は670万ドル(6億7000万円)で、メジャー球団とは桁が2つ以上違います。自治体でも手が出せる金額ですし、規模的にも運営が可能だと言えます。

 古い経営体質が残るマイナーリーグでは、運営体制を整えて、最新のマーケティング手法を注入すれば、比較的容易に経営を正常化させることができます。貪欲な利益追求も求められません。多様な経営方針が共存するマイナー球団こそ、地域再生にはもってこいのツールなのです。

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