このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
今年3月、日本に出張した時のこと、電車の中で晴れ着姿の艶やかな女子学生を見かけました。「そうか、今は卒業式シーズンだったんだ」。米国に長く住むと、四季折々の風物詩に彩られた日本の鮮やかな暮らしが、ふと懐かしくなります。そして4月、若者たちが新社会人として巣立っていきました。日本社会に、フレッシュな息吹をもたらしていることでしょう。
一方、定期の新卒採用がない米国ですが、採用シーズンがないわけではありません。多くの学校は9月に新学期を迎え、翌年5月に終了して卒業式を迎えます。つまり、4月は米国でも、就職活動がヒートアップしてくる時期なのです。また、卒業間近でないとしても、夏休みはインターンシップとして企業に勤める学生が多く、そのための企業回りをすることになります。つまり、米国でも今の時期が、将来の就職に向けて、あわただしく動く時期なのです。
私のところにも、この季節になると、米国でスポーツ経営学を学ぶ日本人から就職活動やインターンシップに関する相談が多く寄せられます。それもそのはず、留学生にとって、それは「狭き門」だからです。
「夢の仕事(Dream Job)」。スポーツビジネスはそう呼ばれており、「タダでも働きたい」と言う米国人が、掃いて捨てるほどいます。「外国人」がその競争を勝ち抜くことは、とてつもなく難しいわけです。
「今日読める履歴書を、明日に延ばすな!」と書いたA君
米国の大学院に在学中、弊社でインターンを経験したA君は、その狭き門に挑戦しました。卒業後、米メジャースポーツの球団でインターンのポジションを獲得すべく、数十チームに履歴書を送り、球団が開催する就職説明会(ジョブフェア)にも足しげく通いつめました。しかし、球団からは、全く声が掛かりません。ある就職説明会では、数百人の学生が殺到。自分の面接の順番になった時には、担当者が疲れ果てていて、ロクに話すら聞いてもらえなかったそうです。
「これでは埒が明かない」。危機感を募らせたA君は、「猛アタック作戦」を開始します。まずは、担当者の目にとまらなければ、始まりません。そこで、履歴書を送る封筒に、毛筆で宛名を書きました。そして、履歴書を和紙できれいに包装したのです。しかも、こんなコメントを添えて…。
「“今日できることを、明日に延ばすな”という格言があります。そこで、僕はあなたにこんな格言を贈ります。“今日読める履歴書を、明日に延ばすな!”」
ついに、球団から面接に声が掛かるようになりました。
面接でも、A君は担当者の度肝を抜くシカケを用意します。それは、数百ページにも及ぶ近隣の日系企業一覧でした。そして、担当者を前に宣言します。
「私を採用すれば、リストにある日系企業から数十万ドルの売り上げを御社にもたらすでしょう」
もちろん、当てなどありません。しかし、星の数ほどいる米国人を出し抜いてインターンの座をつかむには、このくらいの押しの強さが必要です。「タダ働きでも、バリバリ稼ぐぞ」というくらいの意気込みを見せなければ、インターンすらできないのです。
もちろん、目立つだけでは、正社員の座は得られません。面接を経て、晴れてチケットセールスの契約社員となることができたA君。しかし、同期の契約社員は、14人もいました。ちなみに、A君以外はすべて米国人。ここから、「正社員」を目指した地獄のサバイバル・レースが始まるのです。
“適者生存の掟”が企業を強くする
オフィスの一室に集められた14人が目にしたのは、入口に掲げられた「売りまくれ(Expect To Sell)」というメッセージ。そして、新規顧客の獲得レースを、1シーズンという長い期間にわたって繰り広げるのです。既存のお客さんをつなぎとめることと違って成果が出しにくく、積極果敢な営業と、辛抱強い交渉が必要です。
「100メートル競争のような全力疾走で、マラソンを走る。そんな感じだった」
A君はそう振り返ります。ライバルの契約社員が上げたチケット売上高が部屋の中に毎日張り出され、その日、その週、その月に誰が一番売り上げたのかが一目瞭然となります。後れを取れば、正社員の座は消え去ってしまいます。猛烈な仕事をこなしても、なかなか成果が上がらない…。疲れて諦めかけたその時、オフィスの壁にかかった「殿堂入り社員」の名前が目に飛び込んできます。契約社員から正社員に昇格した者を、そう呼んでいるのです。その横に、こんな言葉が書かれています。
「次に殿堂入りするのは誰だ!」
また気持ちを奮い立たせ、チケット販売に猛進していきます。
こうしてレースが続く中で、売上高で後れを取ったライバルたちは強烈なプレッシャーに潰され、1人、また1人と脱落していきます。
長いシーズンが終わった時、14人いたはずの同期が、わずか3人になっていました。A君はその1人に勝ち残っただけでなく、トップセールスを記録していました。
好成績を収めた同期は次々と正社員に採用されていきます。ここまで読んでいただいた方は、これでA君もすんなり正社員に採用されたと思うかもしれません。ところが、ここから、A君はもう1つの高いハードルを越えなければならないのです。外国人であるがために…。
球団にのしかかるビザ負担
労働ビザ。
日本企業から駐在員として米国に送り込まれる人は、それほど壁を感じないでしょう。ところが、日本人が米国の大学からそのまま米企業に就職する場合、ビザ取得が高い壁となって立ちはだかります。
米企業は、このビザ取得が、日本人をはじめとした外国人採用に二の足を踏ませます。そもそも、外国人は言葉の壁があります。それに加えて、このビザ申請に、カネと時間がかかります。申請資料は、時に数百ページにも及びます。これは、企業側にとって大きな負担となるわけです。
「できれば、米国人を採用したい」。そう米国の雇用主が考えるのは、経済合理性からいっても当然のことです。つまり、米国で就職レースを勝ち抜くには、この負担を感じさせないぐらいに、米国人のライバルたちを凌駕しなければなりません。
しかも、ビザには、こんな規定があります。
「採用した企業は、一般的な賃金(米労働省が職業や経験、勤務地に応じて定めている賃金水準)を支払うこと」。これは、優秀な外国人を、企業が不当に安い賃金で採用することで、米国人の雇用機会が失われることを防ぐための規定です。そして、これがスポーツビジネスに憧れる外国人を苦しめています。そもそも、球団は大企業にはなり得ません。スポーツ界は中小企業の集まりであり、平均賃金も決して高くないのです。すると、この規定によって、外国人は「割高な労働者」になってしまうのです。
トップセールスマンだったA君ですら、このビザの規定に苦しめられます。彼よりも営業成績が悪かったライバルたちが、次々と正社員に採用されていくのに、1人だけ取り残されてしまいました。
「あいつは、英語がしゃべれないうえにちょっとコストがかかりすぎるからなあ」。そんな球団を説得するのに、また一苦労するわけです。
このA君はバイタリティーがあり、最後は球団を説得することに成功しました。しかし、彼のような成功例はごく少数です。多くの外国人学生は、難関をくぐり抜けても、ビザの壁を突破できずに、帰国を余儀なくされています。
オバマ政権が進める「雇用の保護主義」
これだけでもスポーツビジネス界への就職がいかに難しいか分かります。
しかし、外国人にとって、今年、この壁がさらに高くなってしまいました。現在、弊社でインターンをしているB君は、その渦中にいます。
B君が通うMBAコースは、全米から秀才が集まるエリート校にあり有名です。5月に卒業を控えるB君によれば、周りのクラスメートの就職状況は芳しくないようです。ウォール街にも多くの人材を輩出している学校ですが、金融危機によって「採用凍結(Hiring Freeze)」している事情もあります。そこにもってきて、オバマ大統領の政策が、外国人学生に暗い影を落としています。
「2009年米国経済回復・再投資法(通称「ARRA」)」。オバマ大統領が2年間で350万人以上の雇用創出を目指して作った景気刺激策です。米製品の調達を義務づけるなど保護主義的な面があり、批判を浴びたことを記憶している方もいるでしょう。その裏で、これに関連して「米国人労働者雇用法」なる法律まで成立したことは、あまり知られていません。
この法律は、政府の支援を受けた企業が、外国人労働者を雇用するために米国人を解雇することを禁じています。例えば、外国人を採用する場合、同じような能力の米国人がいないか、最善の努力を払って探さないとならないと規定されています。そうして採用するに当たっても、ビザを申請すると、前後90日間にわたって同じ待遇の米国人を解雇できなくなります。それどころか、自分の会社にいるビザを持った外国人が転職する場合、転職先で米国人が解雇されないか注意しないといけないのです。もし解雇されそうだったら、その社員を転職させてはならない、と…。
つまり、外国人の雇用に際して、米国人がとばっちりを受けてはならない、というわけです。ここまで厳しい条件を設定されると、政府支援を受けた企業が、外国人を雇用するのは限りなく困難でしょう。そして、ほとんどの大手金融機関は、支援を受けているのが現状です。B君の話では、こうした大手金融機関から内定を受けていた同期の留学生が、この法律によって、ほぼ全員「内定取り消し」になったそうです。
米スポーツ界、転落の始まりか?
「米国人労働者雇用法」は政府支援を受けた企業を対象としているため、その影響は今のところ限定的です。しかし、ここまで自国民に有利な条件が制定されると、企業は優秀な外国人を雇用できなくなります。それは、結果的に米国の競争力に悪影響をもたらすでしょう。雇用情勢がさらに悪化すれば、景気刺激策に「バイ・アメリカン条項」が盛り込まれたように、この雇用法が全企業に適用されてしまうかもしれません。
こうした流れを予見したものなのかどうかは分かりませんが、米ウォールストリート・ジャーナルによると、米IBMが米国の従業員およそ5000人をレイオフし、その業務の多くをインドに移管する計画を立てているそうです。IMBのようなテクノロジー企業は、米国内でも多くの外国人を定期的に雇用しています。しかし、先の雇用法の制定により、この採用形態が経営のリスク要因だと感じているに違いありません。外国人を定期採用すれば、米国人をレイオフしにくくなり、雇用調整が難しくなるためです。IBMは、いち早く「米国内で優秀な外国人を採用する」という人事戦略から、「海外で優秀な外国人を採用する」という形に切り替えたのかもしれません。
保護主義的な雇用法は、米国経済の落とし穴になりかねないでしょう。自国民の雇用を守ることは大切です。しかし、保護主義に走れば、IBMが米国人従業員を大量解雇したように、結局最後にしっぺ返しを食らう…。優秀な人材は、国籍に関係なくフェアに採用するのが、米国の競争力の源泉だったはずです。雇用における行きすぎた保護主義は、留学生へのフェアな採用機会を奪うだけでなく、結局は経済大国米国の競争力を削ぐ結果を招くことになりかねません。
もし仮に、こうした雇用法がスポーツ界にも適用されることになったら、外国人が雇用されることは相当厳しくなるに違いありません。
「夢のまた夢」。スポーツビジネスが外国人に門戸を閉ざした時、これまで世界をリードしてきた米国プロスポーツ界は、海外から人材を引きつける魅力を失うことになります。特に、国内市場が飽和しつつある昨今、スポーツ経営はよりグローバルに展開されるようになってきています。外国人への門戸を閉ざすことは、米国スポーツ界の転落の始まりになるかもしれません。
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