1. コラム

「松井MVP」はカネで買った?(中)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、今年のMLBシーズンで、プレーオフに進出したチームのほとんどがカネ持ち球団だったことを解説しました。全30球団中、唯一2億ドルを突破する年俸予算を組み、唯一3ケタの勝ち星(103勝)を挙げたニューヨーク・ヤンキースが象徴です。プレーオフ進出の8チーム中、実に6チームが年俸予算に1億ドル以上を注ぎ込んでいました。平均年俸総額は8833万ドルだったので、「カネを使わなければ勝てない」という現実が見て取れます。

 ヤンキースは、年俸総額が3681万ドルで最下位のフロリダ・マーリンズに比べ、実に約5.5倍のカネを選手年俸につぎ込んでいました。ヤンキースは特別だとしても、年俸総額上位4分の1(7チーム)の平均(約1億3382万ドル)と、下位4分の1のそれ(約5408万ドル)を比べると、約2.5倍の開きがあります。米国で戦力均衡を最も上手く達成していると言われるNFL(米プロフットボールリーグ)では、この数値が1.5倍を超えることはありません。

 年俸総額に大きな差が出るのは、チーム収入の格差が開いているからです。大きな原因は、前回も指摘したように、多額のローカルテレビ放映権料がチームの収入となるためです。1980年代に入ってテレビ放映権料が高騰していくと、大都市チームと地方都市チームの収入格差が拡大していきました。収益分配制度が導入される直前の1995年の球団別のメディア収入(ローカルテレビ放映権収入とラジオ放送権収入の合計)を見ると、ニューヨークやロサンゼルス、シカゴなど、人口の多い都市にフランチャイズを置くチームのメディア収入が大きいことが分かります(ここでもヤンキースの収入が突出しています)。

 しかし、MLBはこうした構造的な収入格差を、長期にわたって是正しませんでした。いや、できなかったと言った方が正確かもしれません。ローカルテレビ放映権収入は、チームにとって収益の柱となっていました。この巨額の既得権益を、チームが手放すはずがありません。そして、MLBは「百万長者と億万長者の喧嘩」と揶揄された史上最悪のストライキに突入し、観客動員数(1試合平均)が2割以上も減るという痛手を被るわけです。

 そんな窮地に立って、やっとチームの既得権にメスが入りました。1996年、収益分配制度と課徴金制度が導入されたのです。その時、MLBは設立から90年以上がたっていました。

貧乏球団の救済制度

 前回も少し触れましたが、収益分配制度とは、高収入チームから低収入チームに収益を再分配することです。それがチーム間の収入格差を縮小し、戦力バランスを均衡させるわけです。その手法は、スポーツリーグによって微妙に違いますが、1996年にMLBが導入したのは「スプリット・プール方式」と呼ばれるものでした。これは、チームから徴収したカネをリーグがプールし、その一部を全チームに均等に配分した後、残りを低収入チームを対象に傾斜分配するというものです。

 この制度では、各チームの決算報告上の純収入(放映権料、チケット販売、飲食販売等のチーム収入から、運営費などのコストを引いた額)の20%を供出金として徴収するという仕組みになっていました。その4分の3が全30チームに均等に分配され、残りの4分の1は、チーム純収入がリーグ平均を下回るチームのみを対象に配分され、分配額は「貧乏球団」ほど増額されました。ヤンキースのような高収入チームは支払額(供出金)の方が受取額(分配金)より大きくなるので結果的にマイナスになり、低収入チームは逆にプラスになるという仕組みです(下図参照)。

 MLBでは、この収益分配が2001年までに段階的に実施されていくことになっていました。そして、2001年にはおよそ1億6000万ドルが、高収入チームから低収入チームに再分配されました。

 その後、MLBは2002年の労使協定更改の際、当初の「スプリット・プール方式」を「ストレート・プール方式」(供出金の100%を全30球団で均等分配する方式)に改めます(下図参照)。供出金算出の「税率」は、チーム純収入の34%に設定されました。

税率が20%から一気に34%まで上がったことに驚かれるかもしれません。でも、実は「スプリット・プール方式での20%」と「ストレート・プール方式での34%」は分配総額には大差がありません。

 ポイントは、スプリット・プール方式に比べてストレート・プール方式の方が、(1)高収入チームへの負担が重く、(2)低収入チームへの分配がより均等になる、ということでした(下表参照)。

 ちなみに、2007年に更改された労使協定により、現在の税率は31%に定められています。この制度を元に、今シーズンは約4億5000万ドルの収入が再配分されたと言われています。

わざと負けて「ぼったくり」

 2002年にMLBがスプリット・プールからストレート・プールに方式を変えた理由の1つに、「収益分配制度のただ乗り(フリーライダー)を許さない」という狙いがあります。チーム収入が低い方が傾斜配分によって分配金が多くもらえるスプリット・プール方式では、低収入チームが優勝の望みがなくなった段階でわざと有力選手を放出し戦力を下げ、成績を低迷させようとします。なぜなら、チーム収入を下げた方が、多額の分配金を受け取れるので、結果として収支をプラスにできるからです。逆に言えば、頑張って選手にカネをつぎ込んでチーム力を上げても、分配金が減ることで、経営上は収支がマイナスになることも起きかねません。これが、球団経営者のモラルハザードにつながる危険を孕んでいたのです。要するに、わざと弱いチームにしておいた方が、分配金の恩恵を受けて経営的には成功するという状態が生じてしまうのです。

 MLBは、分配金配分方式や税率を変えるなどの試行錯誤を繰り返してはいますが、完全に問題をなくすことは容易ではないようです。2009年は収益分配制度が導入されてから14年目のシーズンとなりましたが、「フリーライダー」と批判を受けるチームが未だに存在しています。

 例えば、今季65勝97敗でシーズンを終えたクリーブランド・インディアンズ(ア・リーグ中地区4位)は、優勝の望みが薄くなると、チームを若手主体に切り替えました。トレード期限直前には、昨年にサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を受賞したエース左腕クリフ・リー投手と、主力のビクター・マルチネス捕手を放出しています。成績は低迷して観客も遠のき、インディアンズは今期のチーム収入が1600万ドル減少するとしています。一部のファンは、こうしたチームの姿勢を「勝利よりカネ勘定を優先している」と批判しています。インディアンズは今期、約8100万ドルの年俸(全30チーム中15位)を選手に払っていますが、一方でMLBから5500万ドルもの分配金を受け取っていました。

 また、今季62勝99敗でシーズンを終え、17年連続負け越しという不名誉な記録を更新したピッツバーグ・パイレーツ(ナ・リーグ中地区最下位)は、シーズン中に年俸上位10選手のうち6選手を放出してしまいました。パイレーツの場合は、まだ優勝の可能性が残っているタイミングで選手を補強せず、逆に放出しているのです。そのため、ファンの球団経営に対する不信感はピークに達しました。パイレーツ約4800万ドルの年俸総額(全30チーム中28位)に対して、それを大きく上回る7500万ドルもの分配金を受け取っていたと報じられています(ニューヨーク・デイリー紙調査)。

 人口約30万人のピッツバーグは、スモールマーケットの代表的なチームです。それでも、不振にあえぐパイレーツを尻目に、NFLのスティーラーズは2005年と2008年にスーパーボウルチャンピオンになっています。NHL(米アイスホッケーリーグ)のペンギンズも2007年から2年連続でスタンレーカップに進出し、2008年にはチャンピオンに輝いています。同じ都市にフランチャイズを置くチームなのにこれほど戦績が違うと、ファンとしては「小都市だから仕方がない」と諦めるわけにはいかないでしょう。

最低の努力目標を

 このように、数字だけみると、「勝利よりもビジネス優先」とファンに疑われてもおかしくないような状況証拠は少なくありません。実際、昨年のインディアンズの営業利益は1950万ドル、パイレーツが1590万ドルという立派な黒字を上げています(フォーブス誌調査)。もちろん、チームとしても言い分はあるでしょう。ドラフト獲得選手用の予算や野球アカデミーの建設など、長期的な選手育成を見据えた投資に活用していると主張しています。しかし、分配金がどこに使われたか、部外者には正確な数字が分からないのです。

 MLBは規約で「分配金は戦力バランスを向上するために用いなければならず、その取り組みをコミッショナーが取り締まる」と定めていますが、具体的な検証方法や罰則などは明記されておらず、その実効性は疑問符が付いています。事実上、チームの「ぼったくり」を許している格好です。

 やはり、収益分配制度の運用で低収入チームのモラルハザードを防ぎ、その実効性を担保するためには、低収入チームにも最低限の経営努力を求め、「ただ乗りは許さない」という姿勢を仕組みとして導入しなければならないでしょう。例えば、NHLは以下のような分配金の受け取り資格を定め、平均以上の企業努力を求めています。

*球団収入の成長率がその年のリーグ平均を上回っている
*球団収入ランキングが下位半数
*フランチャイズのメディアマーケット規模(テレビ受信世帯数)が250万以下
*チーム最低年俸総額(労使協定で規定)を25%上回る年俸総額を払うだけの収入がない

 MLBにおける現行の労働協約は2011年シーズンをもって失効します。MLBが本気で戦力均衡を目指すのであれば、2012年以降の新しい労使協定では、他のスポーツリーグが取り入れているパフォーマンス条項を設けるような対策が必要でしょう。

 次回のコラムでは、もう1つの戦力均衡策である課徴金制度を解説します。

(次回につづく)

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