1. コラム

中国資本と欧州モデルに活路見出すNBA

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 2009年12月15日、米プロバスケットボール協会(NBA)のクリーブランド・キャバリアーズ対ニュージャージー・ネッツ戦のハーフタイムに、赤と黒の中国民族衣装風コスチュームを身にまとった艶やかなダンスチームが突然コートに出現し、クリーブランドのアリーナにオリエンタルな風を吹き込んでいました。彼女達の名前は「チンタオ・ダンサーズ」。そうです、あの中国最大のビールメーカー、青島(チンタオ)ビールによるダンスチームです。

 実は、キャバリアーズとネッツとチンタオ・ダンサーズが一堂に会したこの試合は、最近NBAで起こっている、ある“変化”を象徴するイベントでした。その変化とは、外国人投資家を引き付ける自由主義的なヨーロッパモデルの長所を取り込もうとする動きです。

 昨年5月、クリーブランド・キャバリアーズは球団株式の15%を中国人投資家グループに売却することで基本合意しました。キャバリアーズは、“マイケル・ジョーダン二世”との呼び声高いレブロン・ジェームズ選手がプレーするチームで、NBA人気の高い中国でも特に注目度の高いチームとして知られています(2009-10年シーズンには、キャバリアーズの全82試合中34試合が中国で放映予定)。

 そして、このNBA初の外国人オーナー誕生というニュースの水面下で、青島ビールとキャバリアーズとの間でスポンサーシップ契約の交渉が進められていました。先のチンタオ・ダンサーズが登場したのは、この契約が成立した翌日だったのです。この契約はキャバリアーズの新オーナーとなった黄健華(ファン・ジェンファ)氏の仲介でもたらされたものだと言われています。

 この契約により、青島ビールはキャバリアーズのホームアリーナでの「独占中国ビール」の権利を得ると同時に、アリーナや公式ホームページへの広告掲出などが実現されるほか、試合中にチンタオ・ダンサーズのパフォーマンスなどを実施できることになりました。

 実は、このチンタオ・ダンサーズは、NBAが昨年中国で実施した中国人によるチアリーダーオーディションを勝ち抜いた6名で組織されています。オーディションの模様は、中国最大のスポーツ放送局CCTVにてドキュメンタリー番組として放送されました。つまり、青島ビールとのスポンサーシップ契約が記者発表された翌日の試合が、この6名のファイナリストのデビュー戦でもあったわけです。この仕掛けが中国での視聴率アップを狙ったものであったことは言うまでもありません。

積極的に外国人投資家に門戸を開くNBA

 キャバリアーズ同様、昨年外国人投資家に球団株式を売却したNBAチームがありました。それは、偶然ですが、チンタオ・ダンサーズが登場した試合で対戦相手だったニュージャージー・ネッツです。

 ネッツもロシア人実業家のミハイル・プロホロフ氏に球団株式の80%と2012年にブルックリンにオープン予定の新アリーナの株式の45%を2億ドル(約180億円)で売却することで基本合意しました。NBAでは、球団売却が正式に認められるためにはNBAオーナーの4分の3以上の賛成が必要とされていますが、デビッド・スターンNBAコミッショナーの後ろ盾もあり、この2つのチームでの外国人オーナー誕生は時間の問題となっています。

 実は、意外かもしれませんが、米国メジャープロスポーツでは外国人オーナーの誕生は非常に画期的なニュースなのです。

 米国4大メジャースポーツで初めて外国資本が球団を保有したケースは、1992年に経営危機に瀕していたMLBシアトル・マリナーズを買収した任天堂代表取締役社長(当時)の山内溥(やまうちひろし)氏に遡ります。買収当初、山内氏が過半数の株式を取得する予定だったのですが、MLBオーナー達の反対に遭い、結果的に山内氏が32%、任天堂アメリカ社(本社ワシントン州シアトル)が22%の球団株式を取得する形となりました(その後、2004年に任天堂アメリカ社が山内氏の株式を買い取り、筆頭オーナーとなった)。

 同じく1992年にエクスパンションで誕生したNHLタンパベイ・ライトニングのオーナーグループに、日本企業が一時名を連ねていたこともありましたが(1998年にチームが新オーナーに売却された際に株式を手放した)、4大スポーツ122球団の中で昨年NBAに外国人オーナーが誕生するまで、外国資本が球団を保有していたのはマリナーズだけだったのです。

 NBAが積極的に外国人投資家に門戸を開くのは、海外マーケットを効率的に取り込みたいからに他なりません。NBAは、2002年に中国のスーパースター、姚明(ヤオ・ミン)選手獲得を機に一気に中国内での認知度を高めることに成功しました。その後、テレビ放映権やNBAグッズの販売など、中国国内の権利ビジネスを積極的に推進し、中国市場開拓の旗振り役として2007年に「NBAチャイナ」を設立。モトローラ中国現地法人の社長、マイクロソフト中国現地法人のCEOなどを歴任し、権利ビジネスのエキスパートだったティム・チェン氏を社長に据えました(NBAの国際戦略の詳細は、「中国3億人のバスケ人口を取り込め」をお読みください)。

 こうして中国市場を開拓する一方で、世界最大の消費大国である米国への進出を目論んでいる中国企業をスポンサーとして取り込むことにも成功します。外国人投資家をオーナーとして迎えることで、キャバリアーズに中国人オーナーが誕生したとたんに青島ビールがスポンサーについたように、NBAはより効果的に海外マネーを引き込もうと画策しているのです。NBAが米国人の“最後の聖域”であったオーナーシップにメスを入れたことで、他のリーグも追随する動きを見せるかもしれません。

 ちなみに、日本のメジャープロスポーツでは、外国人投資家が筆頭オーナーになる道は“外資規制”により閉ざされています。例えば、プロ野球では野球協約第28条にて「この協約により要求される発行済み資本の総額のうち、日本に国籍を有しないものの持株総計は資本総額の49パーセントを超えてはならない」と定められています。Jリーグでも、Jリーグ規約第19条にてJ1クラブの資格要件を「日本法に基づき設立された、発行済み株式総数の過半数を日本国籍を有する者か内国法人が保有する株式会社であることまたは公益法人であること」と定めています。

プレミアリーグのノウハウが欲しいNBA

 米国で積極的に外国人投資家に門戸を開くNBAが先進事例として参考にしているスポーツリーグがあります。それが、英プレミアリーグです。

 プレミアリーグで外国資本による球団買収が起こったのは、今から10年以上前に遡ります。プレミアリーグに外資規制はなく、初めての買収は、1997年にエジプト人のモハメド・アルファイド氏がフルハムを3000万ポンド(約45億円)で買収したケースでした。その後、2003年にロシア人のロマン・アブラモビッチ氏が1億3500万ポンド(約203億円)でチェルシーFCを買収、その後海外資本による球団買収が加速することになります。

 2005年に米国人のマルコム・グレイザー氏がマンチェスター・ユナイテッドを買収し、2007年にはジョージ・ジレット氏とトム・ヒックス氏がリバプールを買収しました。2009年10月現在、プレミアリーグに所属する20クラブ中11クラブで外国個人/法人が筆頭オーナーとなっています。この状況を、「ウィンブルドン化が進むプレミアリーグ」と揶揄する向きもあったようです(テニスの聖地=ウィンブルドンで活躍する選手に自国の英国人が少ないことから、市場開放した結果マーケットが外資で占められてしまうといった意味で使われる)。

  • プレミアリーグの球団オーナー一覧
  • (2009年10月現在)
クラブ名筆頭オーナー国籍
アーセナルスタン・クロエンコ米国
アストン・ビラランディー・ラーナー米国
バーミンガム・シティカーソン・ヨン中国(香港)
ブラックバーン・ローバーズジャック・ウォーカー管財人英国
ボルトン・ワンダラーズエディー・デービス英国
バーンリーバリー・キルビー英国
チェルシーロマン・アブラモビッチロシア
エバートンビル・ケンライト英国
フルハムモハメド・アルファイドエジプト
ハル・シティラッセル・バートレット英国
リバプールトム・ヒックス
ジョージ・ジレット
米国
マンチェスター・シティシェイク・マンスール・ビン・ザイド・アル・ナヒヤンアラブ首長国連邦(アブダビ)
マンチェスター・ユナイテッドマルコム・グレイザー米国
ポーツマスアリ・アルファラジサウジアラビア
ストーク・シティピーター・コーツ英国
サンダーランドエリス・ショート米国
トッテナム・ホットスパージョー・ルイス英国
ウエストハム・ユナイテッドストラウマー・バーダラス社
(投資銀行)
アイスランド
ウィガン・アスレチックデイブ・ウィーラン英国
ウォルバーハンプトン・ ワンダラーズスティーブ・モーガン英国

注) 法人所有の場合は、その法人の筆頭オーナーを記載。網掛けは外国法人/個人所有のクラブ
出所:www.newsoftheworld.co.uk

 NBAとしては、中東やロシア、アジアの大富豪のカネを引き付けるプレミアリーグのノウハウは、国内市場の成熟化が進み、大きな飛躍を海外に求めたいNBAの国際戦略上、喉から手が出るほど欲しかったに違いありません(こうした経緯があってか、昨年NBAとプレミアリーグは業務提携の話を進めていました)。

高い成長が外国人投資家を引きつける

 プレミアリーグが外国人投資家を引き付ける理由はいくつかあるのですが、前提となっているのはリーグ全体が高成長を遂げているという事実です。

 監査法人デロイト社によると、プレミアリーグはリーグ創設後16年間で収入を約12倍に伸ばしており、これは年平均16.4%の成長率に値します。同期間のイギリスのGDP(国内総生産)の年平均成長率が5.4%であることを考えると、驚くべき数値であると言えるでしょう。
 こうしたプレミアリーグの高い成長性を支えているのがテレビ放映権契約で、リーグ収入の約半分はテレビ放映権収入からもたらされています。

 このように、高い成長性が外国人投資家をプレミアリーグに引き付ける土台となっているのですが、成長性の高さという意味だけなら米国のプロスポーツも負けていません。例えば、指標は異なりますが、フォーブス誌によると米プロフットボールリーグ(NFL)は1998年からの10年間でその資産価値を3.6倍にしており、これは年平均13.7%の成長率に値します。

 結論から先に言うと、英プレミアリーグと米プロスポーツリーグの決定的な違いは球団オーナーへの投資対効果の高さです。外国人投資家がこぞってプレミアリーグの球団を買収しようとするのは、球団オーナーの投資が直接的に球団にリターンされやすいビジネスモデルになっているからです(逆に言うと、米国型のビジネスモデルでは球団オーナーの投資が直接球団にリターンされにくい)。

 しかし、このモデルは成功と破綻が表裏一体となった脆弱性を内包しており、特に“リーマン・ショック”に端を発する世界同時不況は、欧州サッカー界を混乱に陥れています。次回のコラムでは、欧米でのスポーツビジネスの事業構造の違いや、そのメリット/デメリットなどについて解説しようと思います。

(次回につづく)

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