1. コラム

盛り上がりは日本に、成長性では米国に軍配

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、サッカーワールドカップ開催中にちょうど日米を半分ずつ滞在することになった私が感じた、両国のワールドカップに対する盛り上がりの違いについて書いてみました。日本滞在中に多くの方から「日本に比べて米国ではワールドカップは盛り上がってるの?」という質問を頂いたので、少なくない方が同じような疑問を抱いているのではないかと思い、まずは私が感じたままを率直に書いてみたつもりです。

 今回のコラムでは、日米のワールドカップの盛り上がりが数字的に見てどれ程のものだったのか、あるいは他のスポーツと比べてどの程度の盛り上がりに相当するのかを検証してみようと思います。

国民的な盛り上がりでは日本に軍配

 まず、単純にテレビ視聴率で日米を比較してみると以下のグラフのようになります。日本の視聴率は関東地区のもので、番組が2部構成になっているものはそれぞれの視聴率を併記しています。また、米国の視聴率は米国全体のものと、いずれの試合でも国内最高視聴率を記録したサンディエゴ地区のものを併記しています(多くの人種・言語・宗教が入り混じる米国では、地区によって視聴率に大きな差が生じるケースがあるため)。

 放送日(平日・休日)や放送開始時間の違いがあるので一概には言えませんが、ざっくりと言うと、代表戦については日本では毎試合、国民の2~3人に1人がワールドカップを視聴していたのに対して、米国では12~30人に1人が視聴していたというようなイメージになります。「代表戦の視聴率」を「盛り上がり」の指標と考えると、少なくとも日本の方が国民的な盛り上がりを見せていたとは言えそうです。

「世界に伍して戦う」ことが好きな日本人

 次に、日米の代表戦で今大会最高視聴率を記録した「日本代表対パラグアイ戦」(57.3%)と「米国代表対ガーナ戦」(8.2%)を例にとって、その試合がそれぞれの国内の他スポーツイベント・競技と比べてどの程度の盛り上がりに相当するのかを見てみることにしましょう。

 日本代表のパラグアイ戦の視聴率を、最近日本国内で放映された主な国際・国内スポーツイベントと比較したものが以下のグラフです。

 グラフを見てはっきりと分かる日本人のスポーツ中継の視聴傾向としては、日の丸を背負って戦う国際大会の方が国内大会よりも高視聴率を稼ぐ点が挙げられます。上位に来ているのは、ワールドカップやワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)、オリンピックといった国際イベントです。

 ただし、国際イベントでも日本が強い競技の視聴率が高いかというと、必ずしもそうではないようで、例えば日本代表チームが優勝した第2回WBCや北京五輪でのソフトボールなどよりも、ベスト16で敗退した今回のワールドカップの方が視聴率は高くなっています。日本人は「世界と伍して戦う」姿自体を応援するのが好きなのかもしれません。

 数あるスポーツイベントの中でも特にサッカー日本代表戦は、現在日本人の中で最も人気があるテレビコンテンツと評価できます。スポーツ番組の視聴率歴代トップ10の中に入っている最近15年以内のスポーツ番組は全てワールドカップの日本代表戦です。ちなみに、今大会のパラグアイ戦は歴代8位の視聴率でした。

  • スポーツ番組の視聴率歴代トップ10
  • (2010年7月7日現在)
順位番組名放送日放送局番組平均
世帯視聴率
1東京五輪(女子バレー対ソ連など)1964年10月23日NHK総合66.8%
22002年ワールドカップ(対ロシア)2002年6月9日フジテレビ66.1%
3プロレスWWA世界選手権(力道山対デストロイヤー)1963年5月24日日本テレビ64.0%
4世界バンタム級タイトルマッチ(ファイティング原田対エデル・ジョフレ)1966年5月31日フジテレビ63.7%
51998年ワールドカップ(対クロアチア)1998年6月20日NHK総合60.9%
6世界バンタム級タイトルマッチ(ファイティング原田対アラン・ラドキン)1965年11月30日フジテレビ60.4%
7ミュンヘン五輪1972年9月8日NHK総合58.7%
82010年ワールドカップ(パラグアイ戦)2010年6月29日TBS57.3%
9世界バンタム級タイトルマッチ(ファイティング原田対ベルナルド・カラバロ)1967年7月4日フジテレビ57.0%
10世界バンタム級タイトルマッチ(ファイティング原田対エデル・ジョフレ)1965年5月18日フジテレビ54.9%

出所:ビデオリサーチ社のデータを参考に作成(網掛けはワールドカップ日本代表戦)

「世界一になれる」ことが好きな米国人

 一方、サッカー米国代表の盛り上がりを米国内の他のスポーツと比較するとどの程度のものだったのでしょうか? 以下のグラフは、ガーナ戦の視聴率(8.2%)を同様の観点から比較したものです。

 このグラフを見ると分かるように、米国でのスポーツ番組の視聴傾向として、そもそも国民的な盛り上がりを見せるようなスポーツイベントはスーパーボウル位しかないことが分かります。実際、米国におけるスポーツ番組の視聴率歴代トップ10はほとんどスーパーボウルが独占しています。

  • 表:スポーツ番組の視聴率歴代トップ10
  • (2010年2月現在)
順位番組名放送日放送局番組平均
世帯視聴率
1第16回スーパーボウル1982年1月24日CBS49.1%
2第17回スーパーボウル1983年1月30日NBC48.6%
3リレハンメル五輪(女子フィギュアスケート)1994年2月23日CBS48.5%
4第20回スーパーボウル1986年1月26日NBC48.3%
5第12回スーパーボウル1978年1月15日CBS47.2%
6第13回スーパーボウル1979年1月21日NBC47.1%
7第44回スーパーボウル2010年2月7日CBS46.4%
8第19回スーパーボウル1985年1月20日ABC46.4%
9第18回スーパーボウル1984年1月22日CBS46.4%
10第14回スーパーボウル1980年1月20日CBS46.3%

出所:ニールセンメディア社のデータを参考に作成

 また、日本と違って必ずしも代表チーム・選手が世界と戦う国際イベントが視聴率の上位を占めるわけでもありません。例えば、マイケル・フェルプス選手が優勝した北京五輪の男子200m自由形や、ショーン・ホワイト選手が優勝したバンクーバー五輪の男子ハーフパイプ決勝などは上位にランクインしている一方で、WBCなどはワールドシリーズの遥か下を行く視聴率しか稼いでいません。

 誤解を恐れずに言えば、米国人は「世界一になれる」スポーツ・大会を応援するのが好きなのかもしれません。「スーパーボウルやNBAファイナル、ワールドシリーズなどは国内の優勝決定戦なので、世界一決定戦ではないのでは?」と思う方も多いと思います。確かにその通りなのですが、特にこの3つの競技については、米国人は「米国チャンピオン=世界チャンピオン」と考えているフシがあります。MLBの国内優勝決定戦を「ワールドシリーズ」などと名付けてしまうあたりに、そのメンタリティーは現れていると思います。

 だから、米国人が“国際オールスターゲーム”程度にしか思っていないWBCや、カナダやヨーロッパには敵わないと思っているアイスホッケーの視聴率は下位に甘んじてしまうのかもしれません。

 こうした状況を考えると、8.2%というガーナ戦の視聴率は、国内スポーツとの相対比較という観点からは悪くない数字であると言えるでしょう。確かに、ワールドシリーズやNBAファイナルなどと比べると見劣りする数字ではありますが、今年のスタンレーカップは上回っています。

右肩上がりで成長する米国のサッカーファン

 1982年以来米国でワールドカップを放送し続けているESPNは、今回と次回2014年のワールドカップ(女子ワールドカップも含む)の2大会の放映権料として1億ドル(約90億円)をFIFAに支払っていると言われています。ESPNが2002年の日韓共催大会と2006年のドイツ大会に支払った放映権料は4000万ドル(約36億円)相当と言われていますから、投資額を2.5倍に増やしている格好です(ちなみに、2010/2014年の日本向け放映権を購入した電通がFIFAに支払ったのは約300億円と言われている)。

 ESPNはまだワールドカップ放映権料への投資を回収していないと言われています。米国スポーツビジネスの専門家に言わせれば、サッカーの価値を米国の視聴者に理解してもらいながら投資を続けるという意味で「エデュ・セリング(Edu-Selling)の段階」ということになるのですが、そうした中で投資額を大幅に増やしたことは、ESPNがそれだけワールドカップの米国におけるテレビコンテンツとしての可能性を評価していることに他なりません。

 実際、今大会の全64試合を放映したABC/ESPN/ESPN2連合(ディズニーグループ)の大会平均視聴率は2.1%で、平均視聴世帯数(視聴者数)は過去最高の228万8000世帯(326万1000人)となりました。これは、1.6%、173万5000世帯(同231万6000人)だった2006年のドイツ大会に比べると30%以上アップしたことに、2002年の日韓大会に比べると倍以上に増えたことになります。

 ロンドンを拠点とする調査会社Initiative Sports Futuresによると、国別視聴者ランキングで1998年のフランス大会で23位だった米国は、2002年の日韓大会では13位、2006年のドイツ大会では8位にまで順位を上げています。米国は、それだけサッカーの成長市場だということです。

 (ちなみに、日本では複数系列のテレビ局がテレビ中継を行う関係からか大会全体の平均視聴率などのデータは出ていないようなのですが、代表戦の視聴率は2002年日韓大会のロシア戦で記録した66.1%をピークに全体として下落傾向にあり、大会全体での平均視聴率も同様に大きな伸びは見せていないものと推測される)

“伸びしろ”という観点から考えると、既に“出来上がってしまった”スポーツである米国4大メジャースポーツに対し、サッカーはまだまだ成長余地が残っていると米国では捉えられているのです。

 このようなデータを踏まえた上で、「日本と比べて米国でワールドカップは盛り上がってるの?」という質問に答えるとするならば、国民的な盛り上がりという意味では日本に、成長性という観点からは米国に軍配が上がると言えそうです。日米は2022年のワールドカップ大会招致でのライバルでもあります。サッカー界とテレビ界が協力して市場開拓を推し進める米国は、日本の最大のライバルかもしれません。2022年の開催候補地は、今年12月2日に決定される予定です。

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