このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
9月も今日で最後になりました。早いもので、明日から10月に突入します。
米スポーツ界では、メジャーリーグ(MLB)が公式シーズン終盤を迎え、プレーオフ出場をかけた熾烈な戦いが繰り広げられています。プレーオフが毎年10月に行われることから、こちらではレギュラーシーズン終盤の戦いは「Hunt for October」(10月に向けた追い込み)などと言われています。ところで、いよいよこれから盛り上がり本番を迎えるMLBですが、その傘下のマイナーリーグは既にシーズンを終え、選手育成契約(PDC)更改の時期を迎えています。
PDCについては、前回の「邪道?王道?名物独立リーグ球団の異色集客手法」の中でも解説しましたが、メジャー球団とその傘下のマイナー球団との間に結ばれるもので、メジャー球団がマイナー球団の「ユニフォーム組」の人件費や福利厚生、ボールやバットなどの備品のための費用を負担する代わりに、マイナー球団はメジャー球団から選手を“借りて”育成する責任を負うというものです。
PDCは2~4年契約が標準的で、期間中の選手育成の事績が評価されれば契約は延長されますが、メジャー球団の期待に応えられなかった場合契約は更新されず、結果的に“親元”となるメジャー球団が代わることも少なくなりません。定期的にPDCの契約更新の機会を設けることで競争原理が働き、緊張感のある球団経営が担保されるのです。
現在、マイナーリーグには全7階層に243のチームが存在します。一部のマイナー球団は“親元”のメジャー球団がオーナーになっているケースも見られますが(メジャー球団がオーナーになっている場合、PDCは結ばれない)、大部分はメジャー球団とは資本関係がないため、PDCという契約システムのもとで厳しい競争環境にさらされているわけです。
このように、マイナーリーグではビジネスという軸とは別に、選手育成という観点からも球団経営がモニターされ、効率的な球団経営が促される仕組みが構築されています。今回のコラムでは、日本のスポーツ界には見られない、ユニークなマイナーリーグの選手育成システムをご紹介しようと思います。
メジャースポーツで最も熾烈なサバイバル環境
マイナーリーグ・システムの最大の特徴の1つは、9つのポジション、40人の1軍枠を巡り、300名近い野球選手が熾烈な生存競争を繰り広げている点でしょう。
先にも述べたように、マイナーリーグは最下層の「ルーキー・リーグ」からメジャー直前の「トリプルA」まで7階層に分かれており、各階層のチームにはそれぞれ登録選手枠の上限(ロースター・リミット)が設けられています。この7階層全てのレベルでチームを保有しなくても良いのですが、最大で250名のマイナーリーガーを保有することができることになっています(下図)。つまり、40人の一軍枠を巡って300名近い野球選手がしのぎを削ることになるのです(ちなみに、日本のプロ野球の場合、一軍と二軍を合わせた支配下登録選手の上限は70名)。
まだプロの体も出来ていない高卒選手や、多少の経験を積んだ大学選手、既に何シーズンかプロ経験のあるマイナー選手では身体的にも野球のスキル的にも大きな違いが見られます。MLBがマイナーリーグを7階層にも細分化しているわけは、選手を各技量に合ったレベルに送り込むことで、無理なくスキルを伸ばしていくことができるようにするためです。
例えば、高卒入団選手は通常一番下の「ルーキー・リーグ」から、大卒選手は「ショートシーズンA」からプレーを開始することが一般的です。アメリカでは卒業式は5月頃に行われることが一般的ですので、これらのリーグは選手の卒業を待って6月から開幕します。選手は卒業後、6月に行われるドラフトを経てプレーする球団が決まると、即チームに合流し、試合を行うことになります。
2軍が1階層しかない日本のプロ野球(NPB)ですと、プロの体が出来ていない高卒選手はなかなかプロの練習に着いていくことができないといったことも起こるようですが、マイナーの階層が細分化されているアメリカの場合、そうしたミスマッチが起こりにくいのです。
“大量採用サバイバル”型の人材育成システム
マイナーリーグ内での競争を更に激しいものにしているのが、毎年50ラウンドまで行われるドラフトです。当然、50人の新入団選手がいるということは、同数の選手が解雇されることを意味します。つまり、毎年5人に1人のマイナーリーガーは新入団選手に押し出される形で解雇されることになるのです。
そもそも9つしかポジションのない競技なのに、毎年50人もの選手を新戦力として雇用するという点が、マイナーリーグの生き残り競争の激しさを象徴しています。例えば、他のメジャースポーツを見てみると、米プロフットボールリーグ(NFL)は24のポジションに対して7名、米バスケットボール協会(NBA)は5つのポジションに対して2名の選手を各チームがドラフトで指名します。言わば、メジャーリーグは“大量採用サバイバル”型の人材育成システムを採用しているということになるのでしょう。
メジャーリーグがこうした人材育成システムを採用できる背景には2つの理由があります。まず、先に説明したような7階層にも及ぶ細やかなマイナーリーグが整備されていること。逆にNFLやNBAが“即戦力少数精鋭”型の人材育成システムを採用できるのは、大学スポーツがマイナーリーグの役割を果たしているからとも言えるでしょう。実際、NFLもNBAも、MLBのような重層的なマイナーリーグを保有しておらず、フットボールとバスケットボールはアメリカで人気を二分する大学スポーツとして成長しています。
第2の理由は、MLBが米4大スポーツで唯一反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)の訴追対象外となっているためです(反トラスト法免除法理)。詳細は省きますが、MLBは1922年に下された最高裁判決により「反トラスト法の訴追対象外」との司法判断を受けているのです。その後、時代背景の変化と共にこの判決は度々司法審査を受けることになりますが、「先例拘束性の原理」(先に出された判決が有効となる原則)によりその判決が覆ることはありませんでした。
前年度の成績が悪かったチームから順番に選手を指名していくドラフト制度は、学生の職業選択の自由を侵害するものです。ラウンド数が多くなるほど、その侵害の程度はひどくなっていくことになりますから、普通に考えれば9つのポジションに対して50人もの新人選手を指名するMLBドラフトが反トラスト法に違反する可能性は高いわけです。しかし、反トラスト法免除法理により、仮に選手がMLBを反トラスト法違反で訴えたとしても、司法審査に入る前に門前払いされてしまうのです。
こうした理由から、マイナーリーグでは大量採用・大量解雇を前提とした極めて激しいサバイバル競争が繰り広げられているのです。
日米プロ野球選手の育成環境の違い
NPB | MLB | |
---|---|---|
支配下選手数(1球団最大) | 70名 | 290名 |
ドラフト指名選手数(1球団最大) | 約10名(*1) | 50名 |
競争率(*2) | 約7.8倍 | 32.2倍 |
回転率(*3) | 14.3% | 17.2% |
*1: | 指名選手が全球団合わせて120名になるか、すべての球団が選択の終了を宣言するまでこれを続けられる。 |
*2: | 9つのポジションを巡る競争率(支配下選手数÷9) |
*3: | ドラフトによる入れ替わる支配下選手の比率(ドラフト指名選手数÷支配下選手数×100) |
セカンドチャンスとしての「ルール5ドラフト」
ドラフト制度は運用方法の差こそあれ、日米のプロ野球に存在する人材育成の基礎となる制度ですが、これからご紹介する「ルール5(ファイブ)ドラフト」「マイナーリーグ・フリーエージェント(FA)」は、日本のプロスポーツには見られないマイナーリーグ特有の制度です。
先に説明したように、マイナーリーグでは“大量採用サバイバル”型の熾烈な生存競争が展開されています。大量採用=大量解雇を前提とするサバイバル環境では、ともすればせっかく獲得した才能を浪費して終わってしまうリスクがついて回りますが、マイナーリーグは激烈な競争環境を維持しながらも、この「ルール5ドラフト」「マイナーリーグFA」を活用してせっかくの才能が練習環境や指導方法とのミスマッチで浪費されることがないように“セーフティネット”を張り巡らしているのです。
まずは、「ルール5ドラフト」からご紹介しましょう。この制度は、皆さんが良く知っている高校や大学のアマチュア選手を対象にしたドラフト(いわゆる「アマチュアドラフト」)とは別に行われるもので、マイナーリーグに3年以上在籍する選手を対象に行うドラフト制度です。
ルール5ドラフトのエッセンスは、常に自分が所属するレベルより一つ上のレベルのチーム(他球団)からドラフトを受ける点で、例えばシングルAに所属する選手はダブルAから、ダブルAに所属する選手はトリプルAから、トリプルAに所属する選手はメジャーリーグのチームから指名を受けることになります(下図)。
この制度により、一定期間同一チームで芽が出なかった(=メジャーに昇格しなかった)選手でも、他球団により評価される選手にはセカンドチャンスが与えられることになるわけです。選手として芽が出ない理由には、単に野球の技術的な問題以外に、コーチの指導方法との相性や、フランチャイズの生活環境など様々な点が影響していると考えられます。球団を変える機会を与えることで、環境とのミスマッチによる才能の浪費を防止しているのです。
マイナーリーグFAで才能が埋もれるリスクを排除
次いで、マイナーリーグFA制度をご紹介しましょう。
「フリーエージェント(FA)」という言葉自体は耳にされたことがある方も多いかもしれません。プロ野球選手は一旦球団と契約を結ぶと、一定期間は選手の自由意志で他球団に移籍することができません。フリーエージェントとは、一定期間を一軍で過ごした選手に与えられる権利のことで、自由に他球団と契約交渉をすることができるというものです。FA権を獲得するのに、MLBでは6年の一軍登録が必要となります(ちなみに、NPBでは国内移籍には8年、国外移籍は9年の一軍登録が必要)。
もちろん、これはメジャーリーガーの話なのですが、MLBではマイナー選手にも同様にフリーエージェント権を認めています。新入団選手が結ぶマイナー契約は、選手保有期間を通常7年に設定しているので、この契約が満了した(=マイナーで7シーズン過ごした)選手はマイナーリーグFA選手として、他球団(メジャー球団も含め)と自由に契約交渉ができるようになります。
もちろん、マイナーですからメジャーのように複数球団と契約交渉を行い年俸が飛躍的に伸びるということはありません。マイナーでFA権が認められているのは、先に解説した「ルール5ドラフト」同様、環境とのミスマッチにより埋もれた才能に活躍する機会を与えるためです。
ドラフトで指名された選手は、エリート中のエリートと言える恵まれた才能を持った野球選手たちです。彼らの潜在能力を最大限引き出すためにも、MLBはマイナー在籍年数に応じて「ルール5ドラフト」という第二の活躍の機会、「マイナーリーグFA」という第三の機会を与えることで、才能が埋もれるリスクを徹底的に排除し、せっかくのタレントが無駄に浪費されるリスクをヘッジしているのです。もちろん、これは選手にとってだけでなく、選手に高額な投資を行うチームにとってもメリットのある制度と言えるでしょう。
このように、マイナーリーグでは、9つのポジション、40人の一軍枠を巡って300名近い野球選手がしのぎを削るという激烈な競争環境を維持しながらも、環境とのミスマッチという本来求められる野球の能力以外の要素によるタレントの埋没を徹底的に排除し、人材に対する投資対効果を最大化する人材育成システムを構築しているのです。
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