1. コラム

大学バスケ優勝チームが受けた、「学業不振」による厳罰

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

「野球特待生を容認」

 5月末、日本高校野球連盟がついに議論の的だった「野球特待生」を正式に容認したと報じられました。1学年に5人以内ならば、野球技能に優れた生徒の入学金や授業料を免除していいわけです。

 ただ、罰則規定はなく、特待生の高校における学業成績についても、満たすべき統一された基準は何もないようです。

 ですから、甲子園優勝校が、後になって「野球特待生の学業成績が悪い」と指摘され、厳罰を食らうことはないでしょう。

 しかし、米国の学生スポーツでは、体育協会が選手の学業を常に厳しくチェックし、水準以下だと厳罰を下しています。

 これから、日米のあまりにも違う「学生選手」の学業問題について考察し、それが学生スポーツビジネスにも大きく影響していることを見ていきましょう。

 米国では、大学スポーツがプロスポーツに勝るとも劣らないほどの大きな人気を博しています。その中でも、特にアメリカンフットボールとバスケットボールの人気は絶大で、観客動員力や収益力などで他の競技を圧倒しています。

 大学アメリカンフットボールシーズンが始まるのが9月です。そして、12月から成績上位校によるボウルゲームが始まります。アメリカンフットボールと入れ替わる形で、大学バスケットボールが開始されます。公式シーズンが11月から始まり、3月から決勝トーナメントが開催されます。このトーナメントは、全米各地のカンファレンスを勝ち抜いた68大学(2011年より)により約1カ月に渡って開催されるもので、別名「3月の狂気」(March Madness)とも言われるほど大変な盛り上がりを見せます。

 今年のトーナメント決勝の平均視聴率は11.7%でしたが、これは昨年の米メジャーリーグ(MLB)のワールドシリーズの平均視聴率を上回る数値です。

 この「3月の狂気」だけで、全米大学体育協会(NCAA)の全バスケットボール収入の9割以上を叩き出すと言われています。その収益の源泉となっているのが、「TVマネー」です。地上波CBSとケーブル局のターナーは、NCAAバスケットボール男子トーナメントの2011年から14年間の放映権料として108億ドル(約8640億円)を支払う契約を結びました。これは1年平均約7.7億ドル(620億円)となりますが、メジャーリーグの年間放映権収入(約7億ドル)を上回る金額です(注:メジャーリーグの数値は全国放送で、衛星放送は含まない)。

 ちなみに、大会収益の一部は大学の戦績に応じて、所属カンファレンスに分配されます。トーナメントの1試合に出場すると「1バスケットボール・ユニット」が得られ、過去6年間に所属大学が合計で何ユニットを獲得したかに基づいて、その年の収益が分配されることになります。勝ち進めば進むほど、獲得ユニットが増えて行く計算になります。

 今年は「1バスケットボール・ユニット」が24万ドル(約1920万円)に設定され、全体で1億8050万ドルが各カンファレンスに分配されました。カンファレンス別の分配金は以下の通りです。強豪校が集まるカンファレンスほど多くの分配金を得ることができる仕組みになっています(各カンファレンスがこれを所属校に分配するが、その方式はカンファレンスにより異なる)。

協会が選手の学業をチェック

 今年のトーナメントを制したのが、NCAAからの分配金を最も多く手にした「ビッグ・イースト」(Big East)カンファレンスに所属する名門コネチカット大学ハスキーズでした。決勝でバトラー大学を53対41で下して、2004年以来7年振りの全米チャンピオンに返り咲きました。

 しかし、今、この名門バスケットボール部に激震が走っています。5月24日、所属部員の学業成績不振からペナルティーとして奨学生枠(スカラシップ)が2つ減らされることが明らかになったのです。

 実は同大学バスケ部は昨年、リクルーティング(新入部員勧誘)の規則違反で既にスカラシップが1つ減らされており、今回のペナルティーにより、合計3つの枠を失うことになりました。認められている13枠のうち3つが減らされるのは、戦力補強上大きな痛手になります。ハスキーズは、現在9人分のスカラシップ枠を使っているため(現役8選手と9月から入学する1選手)、次のシーズンのリクルーティングで使うことができる枠は1人だけ(本来なら4人分)となってしまうからです。

 こうした厳しい罰則は、学生の本分である学業をおろそかにしないために設けられています。スポーツ推薦選手だからといって、スポーツだけやっていればいい、というわけではないのです。

 NCAAは選手の学業成績をモニターする「アカデミック・パフォーマンス・プログラム」を設置しており、この中で学生の成績や卒業率がNCAAの定める最低ラインを下回った場合、チームに厳しい処分を科すことになっています。

 学業成績の責任はコーチにも求められます。例えば、ハスキーズのジム・カルフーン監督の契約には、バスケ部員の学業成績がNCAAの基準を下回った場合は、監督が10万ドル(約800万円)を同大学の奨学生基金に寄付する条件が盛り込まれています。さらに、決勝トーナメント進出で手にしたインセンティブ(奨励金)も没収されることになっていました。カルフーン監督は、チームを優勝に導いて8万7500ドル(700万円)のボーナスを手にしていましたが、これが水泡に帰してしまいました。

 大学のヘッドコーチがプロと違うのは、まさにこの点かもしれません。単にチームを強くすればいいというワケではないのです。NCAAは練習時間の上限なども事細かに定めており、ヘッドコーチはこうした規則を熟知・遵守し、選手が学業をおろそかにしないように配慮しながら、競技面でも最高のパフォーマンスを引き出すことが求められるのです。

 さて、ペナルティーが痛いのはチームや監督だけではありません。バスケットボールの名門コネチカット大では、全運動部の収入約5470万ドル(2008年)のうちバスケットボール部(男女合計)の収入が約4分の1を占め、アメリカンフットボール部とほぼ互角の金額になっています。以前「プロより儲かる大学スポーツ」で解説しましたが、多くのスポーツ名門校はアメリカンフットボール部の収入が全運動部収入の半分を超えるので、コネチカット大はスポーツ強豪校の中では収入をバスケ部に比較的大きく依存している大学と言えます。

 つまり、バスケ部の戦力低下は、大学の収入低下に直結しかねない出来事なのです。

5年以上前の違反で“死刑宣告”

 NCAAが目を光らせているのは、学業成績だけではありません。

 コネチカット大学への罰則を発表した直後、NCAAはアメリカンフットボールの名門、南カリフォルニア大学(USC)にもスカラシップの剥奪(年間10選手枠を3年間)に加え、ポストシーズンへの出場禁止(2年間)といった極めて厳しい罰則を科しました。

 バスケットボールに比べ出場選手数が多いとはいえ、10人分ものスカラシップ枠を失うと、戦力に天と地ほどの差が出るでしょう。ポストシーズンに出場できないとなれば、選手のモチベーションにも大きな影響が出るのは避けられません。これは、ほとんど“死刑宣告”と言ってもいい程の厳しい罰則です。

 USCのアメリカンフットボール部は名門中の名門です。過去11回全米チャンピオンに輝いており、米プロフットボールリーグ(NFL)にドラフト指名された472人(2011年のドラフト時点)という数字は、全米の大学中トップです。33週連続で大学アメリカンフットボールランキング1位を保持したというNCAA記録も持っています。

 では、なぜNCAAは名門USCにここまで厳しいペナルティーを科したのでしょうか。実は、それは5年以上前の出来事にまで遡ります。

 現在はNFLのニューオリンズ・セインツで活躍しているレジー・ブッシュ選手が、同大学在学中に代理人関係者から不当な金品を受け取っていた疑惑が取り沙汰されたのです。奇しくもNCAAが調査を開始した2006年4月は、ブッシュ選手が全体2位でセインツにドラフトされた時でした。NCAAはそれから足掛け5年に渡り調査を行い、その裁定がようやく下されたのです。

 つまり、5年以上も前の選手の違反行為により、現在のチームが“死刑宣告”を受けたことになります。ブッシュ選手は2005年にハイズマン賞(全米大学最優秀選手賞)を受賞するなど、類まれな才能の持ち主として誰もがプロで活躍すると見ていた逸材でした。それだけに、大学側にも「カネのなる木」に目をつけた悪徳代理人からエリート選手を守る監督責任があったと判断したようです。

 NCAAは、先に触れた罰則以外にも、ブッシュ選手が先発出場するようになった2004年12月から2005年シーズン中にあげた14勝も記録上抹消しました(つまり、2005年シーズンは記録上未勝利の扱いとなった)。勝利数はヘッドコーチにとって最も重要な実績の1つです。これに嫌気がさしたのか、当時のヘッドコーチだったピート・キャロル氏は2009年にUSCを離れ、NFLシアトル・シーホークスのヘッドコーチに就任しました。また、ブッシュ選手はこの違反行為により、ハイズマン賞を返上しています。

日本は「求道精神」の弊害も

 さて、これほど厳しい罰則を伴う規則が日本の学生スポーツ界にあるでしょうか。

 少なくとも、私が大学でアメリカンフットボールをプレーしていた約15年前に、学業規定などありませんでした(これは国立大でスカラシップ制度がないことが理由かもしれませんが)。当然、練習時間に上限もなく、授業そっちのけで練習に明け暮れた記憶があります。また、4年生が意図的に留年して学生コーチとしてチームに残ることが、当たり前の慣行となっている大学も少なくなかったように思います。

 日本には、1つのことを深く極めることを美徳とする「求道精神」の考え方が根強く残っているように感じます。「二兎を追うものは一兎をも得ず」や「天は二物を与えず」といった諺もあります。こうした考え方自体の「善し悪し」を判断するつもりはありませんが、ことスポーツに関して見ると、学業そっちのけでスポーツに専念することを助長してしまう背景の1つになっているのではないでしょうか。日本でもNCAAの学業規定のような厳しい罰則を伴うルールを作り、言葉は悪いかもしれませんが、「スポーツバカ」を極力生み出さないような仕組みが必要かもしれません。

 また、数年前、日本のプロ野球界でも裏金問題が大きな話題となりました。大学生選手らが「栄養費」という名目で金銭を受け取っていたことが発覚しました。しかし、大学側の管理責任は問われませんでした。

 では、NCAAはなぜ強豪チームの戦力を落とすことになっても、また名門校の名声を傷つけることになっても、厳しい罰則を伴う規則を設け、それを頑なに守ろうとするのでしょうか。 本当に、「学生の本分である学業をおろそかにさせない」ことが狙いなのでしょうか。 

 もちろん、それも目的の1つですが、きれいごとだけでもありません。次回のコラムでは、NCAAが作りだす「アマチュアリズム」というブランディングにより、NCAAがビジネス面でも多大な恩恵を得ている実態を解説します。

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