1. コラム

なでしこはロンドン五輪でも米国に勝てるのか?

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 サッカー日本女子代表チームの第6回FIFA女子ワールドカップ制覇によって、日本中が「なでしこブーム」に沸きました。決勝の延長戦終了間際に神業的な同点ゴールを決めた澤穂希選手をはじめとする日本代表選手が7人も所属するINAC神戸では、ワールドカップ後の初戦となる7月24日のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦で史上最多の1万7812人の観客動員を記録しました。今期のなでしこリーグのワールドカップ前の1試合当たり平均観客動員数は約800人なので、20倍以上の観客が詰めかけたことになります。

 多くの方が「これを一過性のブームで終わらせてはいけない」と言うでしょう。しかし、そのために、何をすればいいのか。「世界一」をしっかりとビジネスにつなげる戦略が必要です。そして、そのビジネスプランは、実は準優勝に終わった米国に学ぶべき点が多いのです。

男子ワールドカップを超える視聴率

 米国女子代表は、ご存知の通り世界ランキング1位の最強チームです。何でも「世界一」が大好きなお国柄もあってか、米国ではサッカー代表チームについては女子の人気が男子を凌駕しています。

 スポーツ専門チャンネルESPNが中継した日本代表との決勝戦の視聴率(8.6%)は、昨年の男子ワールドカップで同局がオンエアした米国男子代表チームのいずれの試合をも上回っています。この数値は、ESPNが過去に放映した女子スポーツイベントで、史上最高の視聴率でした。

 このように、米国で高い人気を誇るサッカー米国女子代表チームなのですが、代表チームを下支えする存在が、日本の「なでしこリーグ」に相当する女子プロサッカーリーグ「WPS」(Women’s Professional Soccer)です。WPSは2007年に設立され、2009年より7チームでリーグ戦を開始した米国最高峰の女子プロサッカーリーグです。今年は3年目のシーズンを迎えています。

 現在は6チームで構成されているWPSの年間試合数は20試合弱(18~19試合)。これはなでしこリーグとほぼ同数です。ただ、観客動員数(1試合平均)はWPSが今期(ワールドカップ前の5月31日時点)約3000人で、なでしこの3倍以上となっています。

表:WPSの2011年シーズンの1試合平均観客動員数(5月31日時点)

チーム名試合数観客動員数
(合計)
観客動員数
(1試合)
ボストン・ブレイカース313,0754,358
アトランタ・ビート416,5824,146
ウエスタンNY・フラッシュ413,3163,329
フィラデルフィア・インディペンデンス25,3352,668
スカイ・ブルーFC37,7692,590
マジック・ジャック44,0481,012
合計2060,1253,006

注:トランスインサイト調べ

最初の女子リーグは3年で破綻した

 実はWPSは米国で初めて設立された女子プロサッカーリーグではありません。

 米国に世界最初の女子プロサッカーリーグWUSA(Women’s United Soccer Association)が設立されたのは2000年のことでした。それまで米国女子代表は1996年のアトランタ五輪や99年のFIFA女子ワールドカップ米国大会で優勝しました。そして、2000年のシドニー五輪でも準優勝という活躍を見せたことでリーグが発足、翌2001年にリーグ戦が8チームでスタートしました。

 代表チームを数々の国際大会で優勝に導いたミア・ハム選手やジュリー・フォーディ選手、ブランディ・チャスティン選手らがプレーするリーグとあって、米国女子サッカー界にとってはこれ以上ない理想的な条件のもとで設立されたリーグでした。日本代表の澤選手も、設立当初よりプレーしていた選手の一人です。リーグ開幕戦には約3万4000人の観客が詰めかけました。

 しかし、その高い期待とは裏腹に、WUSAは発足後たった3シーズンで経営破綻してしまいます。約4000万ドル(約32億円)の設立資金で最低5年間の存続を目指してビジネスプランが作られましたが、資金はわずか1年で底をつき、3シーズンを終えた時点で8700万ドル(約70億円)の累積赤字に陥っていました。2003年9月、WUSAは活動停止を宣言します。

 世界最強の代表チームを要し、世界最多の競技人口を誇る女子サッカー大国ですら、初めてのプロリーグは失敗に終わったのです。皮肉にも、WUSAが経営に行き詰まった時、代表チームは活躍を続けていました。2003年のワールドカップでは準決勝でドイツに敗れて3位に終わったものの、2004年のアテネ五輪準決勝でドイツに借りを返して撃破、決勝でブラジルを破って優勝を果たしています。つまり、代表チームの成績や人気と、プロリーグのビジネスの成否は全くの別物だったわけです。

 失敗の原因を一言で言えば、女子サッカー人気を過信してトップダウンで大風呂敷を広げた点にありました。WUSAは「シングル・エンティティ」(単一事業体)と呼ばれる組織形態を採用していました。通常、リーグ機構と球団は別の経営組織で、独立して活動しながら、必要に応じて協調する形を取ります。しかし、シングル・エンティティではリーグ機構と球団が同一経営組織として設計され、リーグが球団を代表して多くの経営活動を推進して行きます。

 例えば、通常なら選手契約は各球団が個別に行いますが、シングル・エンティティでは全選手はリーグと契約を結び、各球団に振り分けられます。テレビ放映権契約やスポンサーシップ契約も、リーグ機構との契約が大きな割合を占め、それを各球団に配分する形がとられます。

 このモデルはリーグ機構が中央集権で経営するため、チーム間の経営や戦力を短期間で均衡させることには適しています。したがって、リーグのスタートアップ時には効果を発揮します。一方、何でもリーグ機構が面倒を見てくれるため、日本流に言えば各球団に「親方日の丸」的な体質が生まれ、自助努力を怠るという欠点が出てきます。WUSAでは、この欠点が噴出してしまった形でした。

 リーグ開始時、WUSAは米メジャーリーグ(MLB)と同じ水準の視聴率を想定してテレビ放映権契約を結び、その露出を前提にナショナルブランドと協賛契約を交わしました。しかし、蓋を開けてみればテレビ視聴率は思ったように伸びず、投資対効果を疑問視した大口スポンサー企業が次々と撤退して運転資金が枯渇したのです。

米プロ選手の平均年収は250万円!

 WUSAの経営破たんを経て、米国女子プロサッカー界は雌伏の時を過ごすことになります。女子プロサッカーの灯を消さないようにと、2004年にWSII(Women’s Soccer Initiative, Inc.)というNPO法人が設置され、プロリーグの再生の機運を探り続けました。

 この時、プロジェクトリーダーとして白羽の矢が立ったのが、フォーディ選手のスタンフォード大学時代のチームメイトで、後にYahoo!の幹部となり2002、2003年の男女ワールドカップでFIFAとの協賛契約の責任者となったトーニャ・アントヌッシ氏でした。米国女子サッカー界の内情を良く知る彼女は、WPSの初代コミッショナーとなり、WUSAの失敗を踏まえて、リーグ経営を行っていきます。

 WUSAが「中央集権B2Bモデル」で失敗したことを受け、WPSは「地方分権B2Cモデル」に大転換します。「親方日の丸」体質を排し、各クラブが主体的に地域に根ざす戦略へと転換させたのです。

 WPSはシングル・エンティティを採用せず、全米レベルのテレビ放映権やスポンサー契約などB2B領域に過度に依存していた収益モデルを改めます。WPSは、まず各チームにチケット販売に注力するように求め、ファンの基盤を地道に固めていきながら、収益源を多様化していくアプローチをとったのです。なぜなら、チケット販売は他の収益源に血液(カネ)を送る心臓部の役割を果たすからです。観客が増えれば、グッズ・飲食収入が増える上、人気が高まればテレビ放映の需要も高まります。テレビの視聴率が上がればスポンサーシップの価値まで高騰します。

 例えば、日本ゴールを襲い続けたアビー・ワンバック選手が所属するワシントン・フリーダム(2011年よりフロリダ州に移転しマジック・ジャックとなる)は2009年の開幕シーズンを終えると、19人の球団職員を22人に増やし、3人しかいなかった営業担当スタッフを8人に増強します。実に、球団職員の3分の1以上が営業担当になる計算です。これにより、チケット販売は3倍に増えました。

 ファンの属性調査も戦略に取り入れます。「ファンの58%は女性で、82%が大卒以上の学歴を有し、平均世帯所得は10万5000ドル(約840万円)」。調査結果からは、高学歴で高収入の女性が多いという特性が浮かび上がります。そこで、こうした対象を意識したスポンサー営業を展開します。これにより、スポンサー収入も3倍に増えました。

 また、各クラブに積極的な地域貢献活動を求めます。地元でサッカー・クリニックやキャンプなどを開催して、地元サッカー界とのつながりを強固にするためです。WPSでは、多くの選手は出身地や出身大学、WUSAのプレー暦などから縁のある地域の球団に入団しています。こうした選手がイベントに出席することで地域との絆が深まり、また選手も追加収入を得ることができます(後述するように、WPS選手の年俸は低い)。

 一方、リーグ機構は高額のメディア収入を当てにしたWUSAとは対照的な戦略をとります。リーグが放映日時を指定できるという条件で、テレビ放映権をFOXサッカーチャンネルに無料で提供しました。収益性より露出を重視したからです。コスト削減のため、リーグの主なB2B領域のマーケティング活動は、男子トッププロリーグMLSや代表チームの代理活動を行うSUM(Soccer United Marketing)にアウトソースしています。

 サラリーキャップ(1クラブの選手年俸総額の上限)も80万ドル(約6400万円)から56万5000ドル(約4520万円)に減額され、選手の平均年俸は3万2000ドル(約256万円)となりました。世界最強米国の女子プロサッカーということで、もっと華やかなイメージを持っていた方もいるかもしれません。確かに、一部のトップ選手は10万ドル以上のサラリーを手にしていますが、平均的な米国プロ選手はなでしこリーグの日本人選手と同じような境遇でプレーを続けているのです。

 このように、WPSは身の丈にあった健全経営にシフトチェンジしたわけですが、グローバル経済の宿命である国際化についてはぬかりがありません。世界各国からトップ選手を集めており、「世界最高峰の女子プロサッカーリーグ」を目指したリーグ運営を推進しています。

 例えばウエスタン・ニューヨーク・フラッシュにはブラジル代表チームのFWで「スカートをはいたペレ」とも呼ばれるマルタ選手やカナダのエースストライカーであるクリスティン・シンクレア選手、日本との決勝戦で先制ゴールを決めた米国代表アレックス・モーガン選手らがフォワード陣を形成し、スウェーデン代表MFのキャロライン・シーガー選手やニュージーランド代表DFのアリ・ライリー選手らが中盤以降を固めています。まるで世界選抜チームのような豪華メンバーです。日本代表選手もワールドカップ前から澤選手をはじめ、宮間あや選手や丸山桂里奈選手、鮫島彩選手らがWPSで活躍していました。

 ワールドカップを観て初めてブラジルのマルタ選手を知ったという読者も少なくなかったでしょう。WPSはワールドカップやオリンピックといった国際舞台で各国代表チームが活躍し、トップ選手にスポットライトが当たった時に備え、「世界最高峰」のブランディングを展開することで国際マーケットから収益化する機会を虎視眈々と狙っているのです。

今こそ「世界のなでしこリーグ」を目指せ

 世界一となり、国民栄誉賞まで獲得する「世紀のヒロイン」にのし上がってしまったなでしこジャパン。この快進撃を続けるために、米国の女子スポーツ界が10年前に経験した失敗から何を学ぶべきでしょうか?

 まずは、代表人気に頼らず、地道にファンを増やしていくことでしょう。一時的にスポンサー企業が増えたり、放映に興味を示すテレビ局が出てくるでしょう。しかし、ファンからの継続的なサポートがなければ、こうした「にわか企業」は、なでしこ人気が下火になった瞬間に去っていくでしょう。ちょうど1年後のロンドンオリンピックまでが勝負かもしれません。特需は特需として懐に入れる一方で、地に足をつけたロードマップが必要です。

 ファンを育てるためには、前述の通りチケット販売が基盤になります。しかし、現在リーグ戦の半分強の試合が無料となっています(今シーズンは72試合のうち29試合のみ有料)。ワールドカップ前の人気を考えると致し方ないところですし、今までは「招待券」といった感覚で無料試合を開催していたのでしょう。ただ、招待券も管理して配布しないと「チケットはタダで手に入るものだ」という認識がファンに定着し、長期にわたってチケット販売が困難になります。

 なでしこリーグは2013年から全試合を有料化する方針だと報じられていますが、無料だとしても、引換券を発行するなどして顧客情報を取得する仕組みは早急に構築すべきでしょう。なぜなら、今、なでしこリーグが顧客化を図らなければならない最も優先順位の高いセグメントが、代表人気で押し寄せた「にわかファン」だからです。こうしたファンは、何の手立ても講じなければ、代表人気の衰えと共にスタジアムには姿を見せなくなります。「鉄は熱いうちに打て」ではないですが、興味・関心を示しているうちに固定客化する取り組みが重要です。その施策を効果的なものにするためには、顧客情報の取得は必須なのです。

 顧客情報の取得において大きな障害になっているのが、個人情報保護法です。日本の個人情報保護法は世界一厳しいことで有名で、原則として顧客情報を取得した組織しかそれを活用することができません。つまり、チケット販売をプレイガイドやコンビニにアウトソースした場合、球団がその購入者情報をマーケティング活動に使うことができないのです。なでしこリーグの場合も、公式HPで確認した限りではチケットを直販しているチームはほとんどないようです(つまり、顧客情報はほとんど取得できていないと推定される)。

 日本のスポーツ界のCRM活動ではこれが大きな障害となっており、Jリーグもプロ野球も顧客情報を取得するために、近年チケット販売の直販率を高めることに躍起になっています。なでしこリーグも、まだ経営規模が小さい今のうちから顧客育成のプロセスをイメージし、顧客情報取得への意識を高めることが必要かもしれません。

 一方、こうしたローカルな取り組みと同時に、世界に向けた戦略も必要です。近年のようにメディア環境が発達した時代には、グローバル化の流れに乗れないリーグは繁栄しません。国際化で成功するための必要条件が、「フィールド上のパフォーマンスが世界最高」というデファクトスタンダードを確立することです。

 「WBC連覇でも、日本球界は浮かばれない?(下)~負けてもMLBだけが輝くシステム」でも解説しましたが、日本球界はこの必要条件を満たしていながらも、残念ながらMLBの後塵を拝しています。男子サッカー界は、この必要条件さえ手に入れることが出来ずに苦戦を強いられています。なでしこジャパンはこのデファクトを手にするまたとないチャンスが到来しているのです。

 経営規模や選手給与の点から、なでしこリーグと米国リーグに大きな差があるとは思えません。なでしこの輝きをリーグ発展につなげるマネジメントが求められています。

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