このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
12月1日に開催されたプロ野球オーナー会議にて、TBSホールディングスから横浜ベイスターズを買収したディー・エヌ・エー(DeNA)の球界参入が正式に承認されました。プロ野球球団の売却は2004年にソフトバンクが福岡ダイエーホークスを買収して以来7年ぶりで、IT企業の球界参入は楽天、ソフトバンクに次いで3球団目になります。
DeNA社の球界参入では、東北楽天ゴールデンイーグルスを保有する楽天が、DeNA社の運営する「モバゲー」が事実上の出会い系サイトであると主張して反対に回っていたほか、ソーシャルゲーム業界の競合に当たるグリー社らから計10億5000万円の損害賠償訴訟を提起されるなど、波乱含みとなりました。ベイスターズファンの中にも、「親会社が変わるまでファンをやめる」と公言している漫画家のやくみつる氏のように、DeNA社の事業内容に疑問を持っている方もいるようで、賛否両論があるようです。
個人的には、球界参入が認められた以上、親会社のビジネスが「主」、球団経営は「従」という形で球団を自社ビジネスのツールとしてだけ使うのではなく、しっかりと野球ファンや協賛企業、地元自治体などのステークホルダーを見据えた球界の発展に資する球団経営を行って頂きたいと願っています。
実は米国スポーツ界では、ここ数年「ファンタジースポーツ」(Fantasy Sports)と呼ばれるオンラインゲームがファン開拓に大きな役割を果たすようになってきており、その可能性が注目されています。今回のコラムでは、今では米国では当たり前のサービスとなりつつあるファンタジースポーツを紹介すると共に、DeNA社の球界参入によってもたらされる改革の可能性について考えてみようと思います。
急進するファンタジースポーツ市場
米国スポーツ界でソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の隆盛と共に、高い成長性を示す新たなマーケットとして近年注目されているサービスが「ファンタジースポーツ」です。ファンタジースポーツとは、実際のプロスポーツの試合成績と連動したオンラインゲームで、自分がチームのオーナー兼GMとなって選手を獲得し、実際の試合での選手の活躍に応じて獲得したポイントを他の参加チームと競い合うシミュレーションゲームです。友人や職場の同僚など一定の参加者でリーグを構築し、手軽にリーグ戦をスタートすることができます。
ファンタジースポーツは、競技毎に、野球なら「ファンタジー・ベースボール」、フットボールなら「ファンタジー・フットボール」などと言われており、参加する競技・ゲームによって独自のルールが定められています。
例えば、典型的なファンタジー・ベースボールなら自分がチームのオーナー兼GMとして一定数(23人など)を実在する選手の中から選び、自分だけの“特別チーム”を編成します。打者なら「打率」「本塁打」「打点」「得点」など、投手なら「勝利」「防御率」「セーブ」「三振」などの成績からポイントが算出され、その合計がチームのポイント数になるという仕組みです。
ゲームの難易度は様々で、単にチームや選手を指名して勝ち負けやホームランを打つかどうかを当てる「くじ」に近い初心者向けのものから、サラリーキャップやドラフト、トレードなど本番さながらの状況設定に応じて選手を選択・入れ替えし、シーズンを通じて獲得ポイントを競う本格的タイプまで多種多様のゲームが存在します。
「試合成績と連動する」というファンタジースポーツのコンセプト自体は1960年代から一部のファンの中で生まれており、紙と鉛筆、電卓を用いてスポーツバーなどで趣味の延長線上として行われていたようですが、1990年代後半のインターネットの大衆化と共に、Yahoo!やESPNなどの大手のインターネット事業者やスポーツメディア、スポーツ組織が競って導入するようになり、その手軽さも手伝って爆発的にユーザー数を増やしていきました。
米ファンタジースポーツ事業者協会(Fantasy Sports Trade Association)によると、2010年の北米地域(米国とカナダ)における12歳以上のファンタジースポーツのユーザー数は約3200万人で、毎年10%以上の伸びを見せています。市場は約100万人しかユーザーがいなかった1990年から、20年間で30倍以上に伸びました。ファンタジースポーツ・アド・ネットワーク(Fantasy Sports AD Network=FSAN)によると、ファンタジースポーツの市場規模は約44億8000万ドル(約3500億円)と推定されています。これは米プロバスケットボール協会(NBA)の年商とほぼ同じ額です。
特徴的なユーザ像と消費傾向
「自らが保有する資産価値の上下を見極めてポートフォリオを定期的に組み替える」という意味では、ファンタジースポーツは株式売買と良く似ていると言えるでしょう。株式売買が情報戦であるのと同様に、ファンタジースポーツにおいてもユーザーは選手の最近の調子や故障から復帰しそうな選手情報など、様々な情報を分析して自分のチームをメンテナンスしていくことになります。
このように、知的要素の高いゲームであるという性質から、ファンタジースポーツのユーザーには特徴的なデモグラフィックが存在します。前出のFSANによれば、
- ユーザーの92%が男性、77%が既婚、91%が白人
- 平均年齢は36歳
- 平均世帯収入は7万6871ドル(約615万円)
- 71%が大卒以上の学歴
- 毎週3時間をチーム編成のメンテナンスに充てる
- 年間493.60ドル(約4万円)をファンタジーゲームに出費する
誤解を恐れずに言うなら、「教育レベルと可処分所得の高いアッパーミドルクラスの白人既婚男性」が平均的なユーザーということになります。また、上記にあるように、ファンタジースポーツ・ユーザーに特徴的なのは、時間と金銭を惜しまずに投資するという消費傾向です。先ほど、ファンタジースポーツの市場規模は約45億ドルという話をしましたが、うちユーザーがゲーム使用料など直接的な支出に費やしているのは8億ドルに過ぎず、30億ドル以上はその周辺マーケットに投資しています。
株式売買で投資家がマネー雑誌や投資専門番組などのメディアから情報を仕入れて意思決定するように、ファンタジースポーツでも専門サイトや雑誌、テレビ番組などが大きな周辺マーケットを形成しています。ユーザーは、試合前に専門サイトや専門誌から情報を収集し、試合中はテレビ観戦しながら自分のノートPCでチームのロースターを細かくメンテナンスするといった行動をとるようになるのです。
リーグという“仮想コミュニティー”を作りながらプレーするというファンタジーゲームの特性は、SNSと非常に相性が良いと考えられており、多くのスポーツリーグが先を争って公式HPにおけるファンタジースポーツサービスを拡充すると同時に、ブログや動画ニュース、ツイッターなどを用いて情報提供を行っています。あるいは、ポータルサイトなどの事業者にライセンスを供与することでこうしたマーケット拡大の動きに拍車をかけています。
ファンタジースポーツの可能性
実は、DeNA社もこのファンタジースポーツの可能性には既に目を向けているようです。日経ビジネスオンラインに掲載された、守安功社長の独占インタビュー(「横浜は人気球団にできる!」買収社長が描く復活シナリオ)にて、守安社長は次のように述べています。「実際の試合が日々のゲーム結果に反映され」の部分は、ファンタジースポーツを念頭においた発言のように思えます。
モバゲーの野球ゲームには大きな可能性があるのではないでしょうか。例えば実際の試合が日々のゲーム結果に反映されていったりすると、面白いのではないか。選手の打率とかホームランが刻々とゲームに反映されて、現実のプロ野球の世界を追体験できる。そうやって、ゲームを楽しむことで、逆にチームの状況や選手の成績を知って、プロ野球への興味が深まり、球場に足を運んでくれるかもしれません。
「米スポーツ産業は「100年に1度」の不況を乗り越えられるか?(下)」などでも述べましたが、球団経営の要はチケット販売です。チケットがたくさん売れて球場がファンで一杯になれば、テレビ視聴率も上がり、スポンサー料も増大します。入場者が増えれば、飲食・物販収入も自動的に増大します。チケット販売は、他の収益源にカネという血液を送る“心臓”です。当然、ベイスターズもその例外ではないので、DeNA社も本業のモバゲーをベイスターズのファン基盤増大にいかに活用していけるかを第一に考えるのが効果的ということになります。
米国では、ファンタジースポーツがファン基盤を拡大させるツールとして積極的に活用されています。ファン基盤の構造を簡単に図示すると、以下のようになります。ファンは、実際に球場まで足を運んでくれる「観戦者」と、テレビ観戦などを中心にする「メディア消費者」に大別することができます。
ファンタジースポーツには、ファン以外の層からファンタジーゲームをきっかけにメディア消費者に転化させる【矢印(1)】働きや、ファン層の中でも試合に対する興味関心を高めることで忠誠度を高め、メディア消費者を観戦者に転化させたり、あるいは観戦者の観戦頻度を高める【矢印(2)】の働きが期待されています。
例えば、MLBを例に挙げれば、公式シーズンやプレーオフを対象とする通常のファンタジー・ベースボールを提供する一方で、ヒットやホームラン、チームの勝敗といったシンプルな指標に絞った簡易版のファンタジーゲームも合わせて提供しています。ゲームの難易度に濃淡をつけることで、ファンの忠誠度に応じたバランスの取れたサービスの提供を可能にしています。
いずれのゲームにも、参加者の持続意欲を刺激するために賞金やオールスターゲームへの招待券などの優勝特典がついています。また、シーズンオフにもフリーエージェント選手の移籍先を当てるファンタジーゲーム(下参照)が用意されており(こちらの特典は翌シーズン開幕戦の招待券)、1年を通じてファンの興味関心を引き出す工夫がされています。
また、余談ですが米国ではかつてファンタジーゲームの一形態として、選手を株式会社に見立ててその仮想株式の売買を行うサービスを提供する会社が出現して話題になりました。早い話が、“スポーツ選手株式市場”を設立したのです。カリフォルニア州に本社を置くインターネット企業=プロトレード社は、2005年9月よりメジャースポーツの選手の仮想株式を売買するサービスを開始し、一時は約1500万人のユーザーを抱える人気サイトにまで成長していました。
ファンは自分の口座を開設すると(無料)、2万5000ドルの仮想資金が提供され、それを元手に選手の売買を行い、利益を競い合います(成績上位者には商品や賞金が提供される)。一般公開されている仮想株式市場を使って競争するほか、自分で株式市場を設置して競争することも出来ました。選手株の値動きはサイト上で毎日更新され、ユーザは本物の株式市場さながらの臨場感を楽しむことができたのです(2009年9月にサービス中止)。
DeNAはセ・リーグ改革の騎手になれるか?
このように、一部ファンから不評のオンラインゲームも、使い方次第ではプロ野球界の発展に寄与することが可能だと思います。実は日本にもファンタジースポーツは1995年にファンタジースポーツジャパン社がサービスを開始したのを皮切りに、比較的早くから提供されてきました。しかし、残念ながら米国ほどの人気を博すまでには至っていません。
DeNA社には、球団オーナーというポジションを最大限利用しながら、是非モバゲーで蓄積されたノウハウをベイスターズのファン基盤拡大に積極的に活用して頂きたいと思います。例えば、ベイスターズのシーズン席が当たる、始球式に登場できる、選手と共に遠征に帯同できる、選手やコーチと会食できるなどの球団オーナーならではの特典を付与することができれば素晴らしいファンサービスになるでしょう。
あるいは、ローカルテレビ局や協賛企業などの球団のステークホルダーと協力したコラボレーションも可能かもしれません。今まで日本でのファンタジースポーツ事業者がなし得なかった新たなサービス、大胆なプロモーション展開により、プロ野球ファンの開拓・育成に新たな風を吹き込んで欲しいと思います。
ベイスターズの場合、ネックになるのは横浜スタジアムを運営する株式会社横浜スタジアム(以下、「横スタ」)との球場リース契約でしょう。「MLBの成長戦略を支えた“共有サービス”の思想」でも指摘しましたが、ベイスターズはチケット収入の25%を球場使用料として横スタに支払うほか、球場の広告収入や物販収入は全て横スタの収入となる契約を結んでいると報じられています。つまり、ベイスターズでは、今のままではチケット販売が心臓の役割を果たさないのです。
しかし、球団とスタジアム運営会社は事業パートナーです。例えば、現在は100%が横スタの懐に入る広告・物販収入にしても、過去5年間の平均をX億円とするなら「X億円までは横スタが100%、それを越えた部分については折半」などというように分配条件を見直し、お互いがWin&Winの関係を構築できるように契約関係を見直す必要があるかもしれません。
また、DeNA社にはベイスターズだけに留まらず、セ・リーグ改革の旗手になって頂きたいと思います。楽天やソフトバンクの球界参入により、パ・リーグ全体の構造改革が大きく進みました。参入初年度でいきなり単年度黒字を実現した楽天ゴールデンイーグルスのビジネス手法が注目を浴び、赤字前提の球団経営の意識が変化し始めました。2007年にはパ6球団が協働して営業活動を行う「パシフィックリーグマーケティング」(PLM)が設立され、ホームページの共同作成、インターネット動画中継、リーグスポンサーの獲得などの分野で成果が上がりつつあります。
本来、ファンタジースポーツのようなファン基盤拡大ツールは、特定球団のみではなく、球界全体として活用すべきものです。米国スポーツ界では、ほとんど例外なくファンタジーゲームはリーグ機構が一括してファンに提供するサービスになっています。DeNA社の球界参入が、PLMのセ・リーグ版となる「セントラルリーグマーケティング」の設立の機運を高め、今球界に欠落しているリーグマネジメントの機能を強化するきっかけとなることを期待したいと思います。
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