このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
7月27日に開幕するロンドンオリンピックまであと4カ月を切りました。これからは、代表枠獲得に向けた予選や選手選考も佳境に入り、メディアがオリンピック関連ニュースを取り上げる頻度も上がってくるでしょう。メディアでの注目度が高まるにつれ、企業による協賛(スポンサーシップ)活動も本格化して行くことになります。
今や、スポンサーシップはスポーツイベントにとって欠くことのできない大きな収入源になりました。「今や恒例、オリンピックのゲリラ広告(上)」でも書きましたが、赤字続きで“国を滅ぼす”とまで言われたオリンピックをドル箱のスポーツイベントに変えたのも、ピーター・ユベロス氏によって企業による協賛活動に革命がもたらされたためです。
露出効果の高いスポーツイベントは、企業の協賛活動としてもうってつけで、例えば、北米市場における企業によるスポンサーシップ活動の約7割がスポーツを通じた協賛活動になっています。
北米スポンサーシップ市場に占めるスポーツの割合
しかし、高い注目度は“諸刃の剣”にもなりえます。特に、近年は企業のCSR(企業の社会的責任)への意識の高まりを受け、スポーツ組織もCSRの文脈に協賛活動の軸足をシフトしつつあります。こうした中、協賛企業の不祥事や、不祥事と言えないまでも社会的に物議を醸すような製品・サービス、企業活動が逆に目立ってしまうという、思わぬ結果を招くことも散見されるようになりました。
今回のコラムでは、物議を醸した協賛企業の活動を参考に、今後スポーツ組織や協賛企業のスポンサーシップ担当者に求められる意識の変化について考えてみようと思います。
新協賛契約が五輪ボイコット騒ぎにまで発展
米化学大手のダウ・ケミカル社は、2010年7月にオリンピックの最高位スポンサーであるTOP(The Olympic Partner)プログラムに加わりました。同社は国際オリンピック委員会(IOC)に10年間で約1億ドル(約80億円)の協賛料を支払う見返りに、ロンドン五輪を皮切りに、オリンピックの各競技場を取り囲む布製の装飾カバーを独占的に供給する契約などを手にしました。
しかし、この協賛契約に大反対したオリンピック委員会がありました。インド五輪委員会です。実は同社は、1984年にインド中部のポバール地方で有毒ガス流出事故を起こした米ユニオン・カーバイド社を1999年に買収していました。子会社の殺虫剤工場が爆発し、大量の猛毒ガスが流出した事故では数万人が死亡し、今なお10万人以上が後遺症に苦しんでいると言われています。インド五輪委員会はダウ・ケミカル社のTOPスポンサー選定を疑問視し、インドとしてロンドン五輪のボイコットを検討する意向を示したのです。
皮肉にも、ロンドン五輪は「持続可能な」「環境に優しい」を意味する“サステナブル”(Sustainable)を大会コンセプトとして掲げていました。同五輪では、そのコンセプトを独立した立場から監視する「ロンドン2012サステナブル委員会」(Commission for a Sustainable London 2012)を設立して話題となりましたが、その委員の一人はダウ・ケミカル社のスポンサー契約に抗議して辞任しました。大会のコンセプト自体に疑問符が掲げられる残念な結果となってしまったのです。
結局、この一件を受けて英オリンピック委員会は、同社が提供する五輪スタジアムを覆う装飾カバーには五輪開催前も含めて企業名やロゴを一切表示しないことで手打ちとしました。
たばこで2020年五輪東京招致が失敗する?
日本も、こうした事態を対岸の火事だと思っていられないかもしれません。昨年12月1日付のワシントン・タイムズ紙に「タバコ会社によるスポーツ協賛が日本のオリンピック招致に暗雲をもたらす」(原題:Tobacco sponsorship of sports could doom Japan’s Olympic bid)という記事が掲載されました(ワシントン・タイムズ紙はワシントンDCを中心に流通する地方紙で、有力紙ワシントン・ポストの7分の1程度の発行部数とされる)。
ご存知のように、日本は2020年のオリンピックに向けて招致活動を展開していますが、記事は昨年11月に東京で開催されたバレーボールのワールドカップ大会を引き合いに出し、タバコ会社の協賛活動に寛容な日本の自治体やスポーツ界の土壌がオリンピック招致活動にマイナスの影響を与え得ると指摘しています。
記事が問題視しているのは、日本たばこ産業(JT)社が大会スポンサーとして協賛活動を行っている点です。同社は日本代表チームユニフォームへのロゴ掲出や、大会会場への看板広告の設置を行っています。こうした活動はオリンピックでは認められていません。
日本は欧米に比べてタバコやアルコールに対して比較的寛容な国だと言われます。私も仕事で日米を行き来する機会が多いので、これは実感としてよく分かります(日本が寛容なのか、欧米が厳しすぎるのかは議論が分かれるところだとは思いますが)。アメリカでは、タバコ会社がテレビCMを出すことは既に1971年に法律で禁じられていますし、その看板広告をスポーツ会場(テレビに映る場所)に掲出することも自粛されています。
逆に、今やテレビではタバコによる喉頭がんが原因で声帯を失った人が出演して禁煙を呼びかけたり、タバコが原因で死亡した人の臓器を解剖して見せ、「タバコを吸うと死に至ります」というメッセージを伝えるかなり直接的でグロテスクなCMが流されているくらいです。
世界の大都市はたばこ問題に神経質で、米国でも最も厳しいとされるニューヨーク市は交通機関、レストラン、オフィスビル、スポーツ施設などの公共の施設では全面禁煙となっています(屋内には喫煙スペースすらない)。さらに、昨年は受動喫煙の被害防止の観点から、禁煙エリアがタイムズスクエアやセントラルパークなど市内約1700の公園やビーチにも拡大されました。東京都の石原慎太郎知事も、3月23日の記者会見で五輪東京招致に向け、受動喫煙防止に向けた条例制定を検討する考えを示したようです。
米国スポーツ界の常識から見れば、タバコ会社の広告に囲まれて試合を行う各国の一流選手の映像が世界中に放映されることは“あり得ないこと”になります。日本の常識が世界の常識とは限りませんので、注意が必要です。
記事も指摘していますが、日本は2004年の世界保健機構(WHO)第56回総会で採択された「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」を批准しています。同条約ではスポーツイベント等でのたばこ製品の宣伝やプロモーションといった協賛活動は禁止されており、WHOは国際バレーボール連盟に対してワールドカップ日本大会での協賛活動について遺憾の意を伝えるとしています。
これに対して、日本バレーボール協会は「JT社の協賛活動は飲料カテゴリのものである」という見解を示しています(同社はコーヒーや炭酸飲料などのソフトドリンクも販売している)。JT社も、同紙からの取材に対して「バレーボールの協賛活動において、たばこブランドや製品の広告は一切行っていない。日本の法律やバレーボール協会の規約にも何ら違反していない」と反論しています。
肥満問題で勃発した“NYソーダ戦争”
ここまでは、事故による刑事責任や法律違反の可能性があるという、比較的その指摘の根拠が分かりやすい協賛活動の例を挙げました。しかし、冒頭でも触れたように、スポンサーシップ活動がCSRの分野にシフトしつつある現在、善悪の境界線が曖昧になってきています。
皆さんは「NYソーダ戦争」(New York Soda War)という言葉をご存知でしょうか?
アメリカは肥満大国です。米疾病対策センター(CDC)の調査によると、2009~10年のデータから男性は全体の35.5%、女性は35.8%が肥満であることが分かっています。こうした状況を受け、米国では肥満問題の解消に向けて運動の大切さを説いたり、学校給食に健康的なメニューの導入を促したりする取り組みが続けられています。
その中でも、タバコ問題同様、特にアグレッシブに肥満問題に取り組んでいるのがニューヨーク市です。同市は、肥満対策として2003年にいち早く小学校などの教育施設内に設置している自動販売機でのソーダやスナック菓子の販売を禁止しました。2008年にはファーストフード店でのカロリー表示を義務付け、2010年からは大量の糖分を含み、肥満の元凶とされる炭酸飲料(ソーダ)に「肥満税」を課すことを検討しています。
槍玉に挙げられた飲料業界は「無用な干渉でしかない」とこれに猛反発し、米国飲料協会も「砂糖入り飲料水のカロリーだけが特別なわけではない」とする見解を示しています。今や、ニューヨーク市と飲料業界は全面対決の様相を見せているのですが、これが「NYソーダ戦争」です。ニューヨーク市保健局は飲料業界への批判の手を緩めず、今や地下鉄に乗ればこのような広告を目にすることも珍しくありません。
相反するメッセージが協賛効果を減退させる
ここからは、こうした広告をニューヨークで日々目の当たりにしている私の主観的な意見です。
前述のように、米国では肥満問題の解消に向けて、運動の大切さを説いたり、学校給食に健康的なメニューの導入を促したりする取り組みが続けられています。米国のスポーツ業界も協賛企業らと協力してこのような運動を促進しています。
例えば、米プロフットボールリーグ(NFL)は「プレー60」(Play 60)という健康増進プログラムを実施しています。これは、肥満防止のために子供たちに「1日少なくとも60分の運動」を呼び掛けているもので、選手や球団、協賛企業らが協力して様々な運動の機会を提供しています。
このプログラムにはホワイトハウスも協力しており、大統領フィットネススポーツ栄養審議会(President’s Council on Fitness, Sports & Nutrition)が主催する健康増進プログラム「大統領チャレンジ」(Presidential Challenge)とコラボレーションして運動の普及に努めています。これは、1日60分、週に5日の運動を6週間継続した参加者にはホワイトハウスから電子修了証書がもらえるというものです。
こうした取り組みは実に素晴らしいものであり、スポーツ選手の認知度の高さを上手く利用することで、運動をより広範囲に効果的に広げることが可能になるでしょう。まさに、スポーツの特質を最大活用した成功事例であり、CSR的観点からもこうした活動への協賛活動には文句のつけどころがありません。
しかし、こうした取り組みと同時期に、NFLはソフトドリンクカテゴリの公式スポンサー、ペプシ社と協力して、こうしたCMをオンエアしています。これは同社の配達員がフィールド上でNFL選手と共にトレーニングするというコミカルな内容ですが、(自分が体育会出身ということもあってか)どうも練習中に炭酸飲料を飲むという内容には本能的な違和感を覚えます。
特に、CM中ニューヨーク・ジェッツのQBマーク・サンチェス選手がボトルをラッパ飲みする映像を見るにつけては、先のニューヨーク市による広告とオーバーラップして、「プレー60」でNFLが伝えようとしている健康増進のメッセージとは相反する“負のメッセージ”を感じてしまい、私の頭の中は混乱してしまうのです。
確かに、CMで宣伝している商品はゼロカロリー・シュガーレスということで健康については問題ないのかもしれませんが、ソーダ戦争が勃発しているニューヨークという土地柄を考えると、そこにフランチャイズを置くチームの有名選手をCMに起用しているだけに、「NFLが飲料業界の片棒を担いでいるのではないか」という見方も成立し得るように思えてしまうのです。私の場合、ニューヨーク市による強烈なインパクトの公共広告が脳裏にこびりついているため、もしかしたら過剰反応かもしれません。
ちょっと揚げ足を取るような指摘になってしまいました。ここで私が言いたかったのは、NFLの協賛活動に利害相反があったかどうかではありません。スポーツ組織や協賛企業がCSRという“見栄えの良い”活動に軸足を置くようになると、それと相反するような(今までは問題視されることがなかったような)活動も逆に目立つようになってくる可能性があるということです。
CSRの原点は、「雇用創出や税金納付という必要最低限のレベルを超えた社会貢献が企業に求められる」という発想です。この原点に立ち返れば、言葉にすると陳腐ですが、スポーツ組織や協賛企業の担当者にも「売り上げが上がれば、何をやっても法律違反さえしなければ良い」というような貧困な発想ではなく、地域社会が抱える諸問題に気を配り、「地域の問題は自分の問題」「世界の問題は自分の問題」とする高くて広い意識が求められるようになるでしょう。
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