1. コラム

オリンピックでも「もうマクドナルドのCMは流さない!?」

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 いよいよ本日にロンドンオリンピックが開幕します。204の国と地域を代表する選手たちが26の競技で世界一を目指し、日々研鑽を積んだ技量を16日間にわたって競い合います。開幕に先立って始まった男女サッカーの1次リーグでは、なでしこジャパンが初戦でカナダに2‐1で勝利したのに続き、男子五輪代表は優勝候補スペインとの初戦を1-0で勝つ大金星を上げて、男女ともに好スタートを切りました。

 さて、オリンピックはそもそも「スポーツを通じて友情・連帯・フェアプレーの精神を培い、相互に理解し合うことにより世界平和を目指す」という“オリンピック・ムーブメント”を体現するイベントとして生まれたわけですが、今や巨額のマネーが動くビックビジネスになっているのは周知の通りです。

 かつて「国を滅ぼす」とまで言われた赤字イベントがドル箱のビジネスに変わった契機となったのが、1984年のロサンゼルス五輪でした。その経緯は「今や恒例、オリンピックのゲリラ広告(上)」でも書きましたが、現在では当たり前になった1業種1社に限定した協賛プログラムや独占契約を基本としたテレビ放映権契約を作り出すことで、大会収入を大きく伸ばしたのです。

 この独占的協賛プログラムは、その後TOP(The Olympic Programme)として汎用化され、10社前後のTOPスポンサーには指定された製品カテゴリーの中で独占的な世界規模でのマーケティング権が与えられました。ちなみに、今回のロンドン五輪では以下の11社がTOPスポンサーに名を連ねています。

表:ロンドン五輪のTOPスポンサー

企業名カテゴリ
コカ・コーラノン・アルコール飲料
エイサー(Acer)コンピューター機器
アトス(Atos)IT
ダウ・ケミカル化学
ゼネラル・エレクトリック(GE)エネルギー、ヘルスケア、照明システム、鉄道輸送など
マクドナルド小売食品サービス
オメガ時間計測、得点・成績掲示サービス
パナソニックオーディオ、テレビ、ビデオ機器
P&Gパーソナルケア、家庭用品
サムスン無線通信機器
VISA決済サービス

出所:IOCメディアガイド(ロンドン五輪)

 国際オリンピック委員会(IOC)はこのTOPスポンサー11社から4年間で9億5700万ドル(約766億円)の協賛金を得ていると報じられており、文字通りTOPはオリンピック活動を支える生命線の1つとなっています。

 ところが、“異変”が報じられたのは、ロンドン五輪開幕まで1カ月を切った7月8日のことでした。英ファイナンシャル・タイムズ紙が「IOC幹部がマクドナルドの五輪スポンサーの継続に疑問を呈した」と報じたのです。マクドナルドはロス五輪以前の1976年からの五輪スポンサーであり、今年1月に2020年まで契約期間を延長したばかりでした。

 五輪開幕直前というタイミングでどうしてこのような異変が報じられたのでしょうか? 今回のコラムでは、海外スポーツの協賛活動に見られる変化の兆しについて書いてみようと思います。

CSRと協賛活動の利害相反

 前述のファイナンシャル・タイムズ紙の記事を読んでいただくと分かりますが、IOC幹部がマクドナルドの契約更新に疑問を呈した背景には、肥満防止への意識が世界的に高まっている点が挙げられます。

 肥満を助長する高カロリー食は、スポーツを通じた青少年の健全育成を重要視するオリンピック活動そのものや、GEやP&GといったほかのTOPスポンサーで健康関連機器やサービスを提供する企業のイメージと相反するように見えてしまいます。

 IOCのジャック・ロゲ会長も同紙とのインタビューにて、「マクドナルドやコカ・コーラなどによるオリンピックへの協賛には疑問符が投げかけられている」と認め、両社に肥満防止という世界的な流れへの対応を促していると述べています。コカ・コーラと言えば、マクドナルドよりも古い1928年からのオリンピックの協賛企業です。

 ファーストフードを手軽でオシャレな感覚で食べてしまうスリムな日本人にはピンとこないかもしれませんが、今や肥満防止は世界的な潮流になりつつあります。「たばこで2020年五輪東京招致が失敗する?~CSRとスポンサーシップの利害相反」でも書きましたが、ニューヨーク市は肥満の元凶とされる炭酸飲料(ソーダ)業界との間に「NYソーダ戦争」(New York Soda War)を繰り広げています。

 こうした事例は枚挙に暇がないのですが、最近特に世間を驚かせたのが米国の娯楽の総本山であるウォルト・ディズニーの決定です。同社は今年6月5日、傘下の子供向けケーブルテレビ局「ディズニー・チャンネル」やラジオ局「ラジオ・ディズニー」などで、高カロリーで肥満を助長する恐れのあるジャンクフードのCMを2015年から全廃すると発表したのです。

 同社の発表では、1食あたり600カロリー以上で糖質10グラム以上、塩分740ミリグラム以上の食べ物のCMが禁じられることになります。これと同時に、ディズニーランドなどでの食品販売に際しても、基準を満たした食品に「ミッキー・チェック」と名づけたシールを張る取り組みを始めるとのことです。

 これにより、人気商品であるマクドナルドの子供向けセットメニュー「ハッピーミール」や食品大手ケロッグのシリアル製品「フルーツ・ループス」のCMなどはオンエアできなくなります。

 肥満問題は1つの例に過ぎません。「社会の公共財」を自認するスポーツ組織は、社会貢献活動などを通じて社会問題の解決に寄与することはあっても、それを助長する存在であってはならないはずです。

 実は、今までもスポーツ組織が協賛活動を行う場合には、先方が希望しても協賛をお断りする「自粛カテゴリー」を設けて自主規制していました。例えば、タバコや風俗営業関連、政治・宗教関連など、青少年の健全育成に反する業種は代表的な自粛カテゴリーです。

 ただし、こうした自粛カテゴリーは社会通念や法制度などに影響を受けるため、時代により変化しますし、国によっても変わってきます。例えば、スポーツ界で協賛活動が行われるきっかけになったのは、タバコの看板をスタジアムに設置するようになったことでした。それが今では、スポーツ施設へのタバコ広告の掲出は禁止されています。

 また、日本ではアルコール広告に関する規制が比較的緩く、スポーツ選手などを登用したCMをよく見かけますが、米国では現役スポーツ選手や、そうした選手の役を演じる俳優による広告は自粛されています(選手を起用しない広告は認められている)。さらに、CM中にビールを口にしたり、ビールの音を利用したりする演出も自粛されています。

今後の協賛活動では組織の見識が問われる

 協賛活動や選手の移籍がグローバル化している現在では、こうした点でも注意が必要でしょう。以前、松坂大輔選手がボストン・レッドソックスに移籍した際、ある日本のビール会社のCM(日本でオンエア)にレッドソックスのユニフォームを着用したまま出演してしまい、YouTubeでその事実を知った球団からクレームが入ったことがありました。

 アルコール協賛と言えば、最近世間を驚かせたのがオーストラリアのスポーツ界です。オーストラリアの12の競技団体は6月25日、既存のすべてのアルコール協賛を終了し、今後一切スポンサーを受け付けないことを決定しました。

 これは、政府が推進する大量飲酒禁止プログラムに協力する形で実現されたもので、競技団体はその見返りにアルコール税を財源とする2500万豪ドル(約20億円)の補助金を受け取ることができることになります。

 一方、これと対照的な動きを見せているのが、国際サッカー連盟(FIFA)です。2014年のワールドカップ開催国であるブラジルでは、ファン同士が試合会場内外で衝突し死傷者を出す事件が日常的に発生したことを受け、2003年に競技場内でアルコール販売を禁止する法律が制定されていました。しかし、FIFAは大会主要スポンサーに米ビール大手のバドワイザーがいるため、ブラジル政府に圧力をかけ、アルコール販売を認める法案を可決させてしまいました。

 CSR(企業の社会的責任)への意識が高まる昨今、大金を払った公式スポンサーだから何でもやっていいという時代ではなくなりました。むしろ、公式スポンサーであるが故に、CSRに逆行するような取り組みは逆に目立ってしまいます。今後のスポーツ協賛活動においては、スポーツ組織や協賛企業の見識が問われることになっていくでしょう。

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