このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
5月14日、米最高裁判所が事実上スポーツ賭博を解禁する判断を下しました。以前「米国でスポーツ賭博が合法化される?」でも解説しましたが、ラスベガスなどのイメージから賭博大国の印象が強い米国ですが、これまでスポーツ賭博はごく一部の州を除いて全面的に禁止されていました。
米国のスポーツ産業の市場規模は4961億ドル(約55兆円、2016年)と推測されていますが、実は少なくともその約3割に当たる約1500億ドル(約16兆5000億円)は違法スポーツ賭博が占めています。違法だけに正確な実態がつかめず、実際はその何倍もの市場があるのではないかとも言われています。
米国におけるスポーツ産業の市場構成(単位:億ドル)
今回の最高裁判決により、今まで闇に包まれていた巨大市場が表に出てくる可能性が開けます。今後、スポーツ賭博合法化の判断は各州政府に委ねられることになりますが、この巨大市場の争奪戦が始まることは間違いありません。
今回のコラムでは、この最高裁判決の内容やそれが生み出す新たな可能性やリスクなどについて整理してみたいと思います。
PASPA違憲判決への経緯
まず、おさらいの意味も含めて、従来のスポーツ賭博を巡る状況を整理しておきます。米国では、スポーツ賭博はネバダ州、モンタナ州、デラウエア州、オレゴン州の4州を除き、その他の州では違法とされてきました。選手の八百長を招いたり競技の純粋性を損なうなどの理由から、1992年に連邦法「1992年プロ・アマスポーツ保護法」(Professional and Amateur Sports Protection Act of 1992。通称「PASPA」)が成立し、その時点で州がスポーツ賭博を法整備していた上記4州以外のスポーツ賭博を禁じたためです。
PASPAの制定から20年たった2012年、財政難から新たな財源を求めていたニュージャージー州が「スポーツ賭博は既に多くの州で(違法にではあるが)広く浸透しており、合法化しても社会的に実害はない」「連邦政府に州のスポーツ賭博を規制する権限はない(憲法違反である)」との立場から、スポーツ賭博を合法化する法案を可決しました。実は同州は、PASPA制定の際に法整備が間に合わずに例外処分を受けられなかった苦い経験を持っていました。
この動きに対し、4大メジャースポーツリーグと全米大学体育協会(NCAA)が12年8月、ニュージャージー州のスポーツ賭博合法化はPASPA違反であるとして訴訟を起こしました。今回は、この事案の最高裁判決という位置づけです(ちなみに、第一審、控訴審ともに原告が勝訴しており、ニュージャージー州が上告していました)。
最高裁は6対3の評決で、PASPAは合衆国憲法修正第10条に違反するとの判決を下しました。修正第10条とは、「憲法により国に委任されず、また州に対して禁止されなかった権限は、それぞれの州または人民に留保される」という州の自治権を認めるものです。最高裁は、連邦政府がスポーツ賭博を規制するのはこの修正第10条に違反するため、PASPAを違憲と認め、スポーツ賭博の規制は州政府が行うべきとの見方を示したわけです。
各州政府のスポーツ賭博法制化のポイントとは?
最高裁判決を受け、今後は各州がスポーツ賭博を独自に規制していくことになります。しかし、全米50州が横一線ですぐにスポーツ賭博を解禁するわけではありません。米紙USAトゥデイによると、最高裁判決が出た時点で既にスポーツ賭博を合法化している州(PASPAで既に合法化されていた州と、最高裁判決を見越して合法化法案を進めていた州)が7つ、現在スポーツ賭博合法化法案を審議中の州が12あります。この19州がスポーツ賭博実施について特に前向きな州と言えるでしょう。
各州のスポーツ賭博法制化状況
今後、各州政府がスポーツ賭博の法制化を進めていく中で、まず大きなポイントになるのはその税率やスポーツ組織へのインテグリティ・フィーの支払いなどの制度設計をどう進めていくかでしょう。
スポーツ賭博事業者への税率を設定するうえで参考になるとされるのは、ラスベガスのあるネバダ州の6.75%だと言われています。なぜなら、州は税収を確保するためにはこれまで闇市場で動いていたお金を表に出さなければなりませんが、税率が高すぎれば正規の賭博事業者が違法事業者に対して競争力を持てず、結果として事業が発展しない(闇市場のお金が表に出てこない)ためです。違法賭博事業者が当面のライバルになるというのは何ともおかしな話ですが、賭博専門家の間では税率を一桁に抑えておくのが望ましいと、まことしやかに言われています。
また、インテグリティ・フィーとは、八百長の探知・防止や選手教育など、競技の純粋性を守るためのコンプライアンス環境整備を行うために、掛け金の一定比率をスポーツ組織に支払うというアイデアです。現在、特に米プロバスケットボールNBAと米大リーグが積極的に各州にロビー活動を展開しており、掛け金の1%をインテグリティ・フィーとして還元するように提案しています。
自分がプロスポーツ球団のGM(ゼネラルマネージャー=選手獲得の最高責任者)になったつもりで実在する選手を集めて空想の最強チームを作り、オンラインで相手チームと“対戦”するデイリー・ファンタジー・スポーツ(DFS)をどう取り込んでいくかも大きな論点になるでしょう。「DFS訴訟はスポーツ賭博容認に向けた序章」でも解説したように、州政府は成長著しいDFS事業者を実質的なスポーツ賭博と見なし、その収益の一部財源化を進めています。DFSをスポーツ賭博と認定するか否かの判断は州により分かれていますが、いずれにしても州からライセンスを受けなければ実質的に事業ができない枠組みに取り込まれてしまったという意味で、スポーツ賭博に準じた形で税制やインテグリティ・フィーの整備が進んでいくものと思われます。
望まれるスポーツの純粋性を守る新たな制度設計
スポーツ賭博解禁を受けたスポーツ組織の反応は様々です。スポーツ賭博推進派と言われている大リーグやNBA、北米プロアイスホッケーNHLは一様に今回の判決を歓迎するコメントを出しています。
一方、メジャースポーツの中でも保守派と言われるNFLは、競技の純粋性を守るために適切な法整備を議会に要請しています。アマチュアスポーツであるNCAAもNFL同様に議会に対して適切な法規制を求めるとともに、NCAAの政策決定に大きな影響力を持つ独立審議機関であるナイト委員会(Knight Commission)は、大学スポーツを含むアマチュアスポーツを賭博の対象として禁止するように各州に要請するコメントを表明しています。
スポーツ賭博が解禁になったことで、スポーツ組織が期待できるメリットとしては、事業の拡大や新たな顧客の取り込みが考えられます。
ファンタジー・スポーツが大きな市場に育っていった過程で専門サイトやテレビ番組、データ分析ツール開発、カンファレンス開催などの分野で新たな市場が形成されていったのと同じことがスポーツ賭博でも起こっていくでしょう。また、これまでの「チームを応援したい」という動機とは別に、「賭けの結果をリアルタイムで知りたい」「試合を見ながら賭けを楽しみたい」(いわゆる「Watch & Bet」)という新たな動機を持った顧客層が生まれることも予想されます。
Watch & Betを成立させるには、賭博事業者へのリアルタイムでのデータ提供がカギになります。賭博事業者がリアルタイムで試合の進行を把握し、それを迅速にオッズに反映させておかなければ、秒単位で賭けを進めるプロのギャンブラーに勝てません。言い方を変えれば、スポーツ組織は国内外のブックメーカーへのデータ販売という新たな収入源を得ることになります。
また、掛け金の1%とはいえ、インテグリティ・フィーの収入もバカになりません。仮に現在1500億ドルと言われる違法スポーツ賭博が全て表に出てきたと仮定すると、フィーだけで15億ドル(約1650億円)のボリュームになります。
損した恨みが選手や審判に向けられるリスク
一方、スポーツ賭博が解禁されたことによるリスクとしては、まずスポーツ関係者の安全上の懸念が挙げられます。賭けに負けたファンが暴言を吐いたり、最悪のケースではチャンスで活躍できなかった選手や、微妙な判定を下した審判に暴行を加えるかもしれません。実施、現在公式シーズン中の大リーグでは、最高裁判決後、審判や選手がこうした懸念を表明しています。
また、八百長などの不正行為の誘発も大きなリスクの1つと言えます。特にこの問題で今頭を悩ませているのはテニス界で、国際テニス連盟が資金難を打開するために12年に賭博会社にライブスコアデータの販売を始めて以来、特に下部の大会で八百長が激増しているようです。有名選手も出ず、テレビ中継もされないような下部大会もデータの販売を機に賭博対象になると、獲得賞金の少ないランキングが低い選手が八百長に手を染めるようになってしまったのです(八百長した方が賞金より多額のお金が得られるため)。
テニス界で起こっていることを考えると、高額報酬により選手が経済的に十分な利益を手にしているトッププロリーグよりは、むしろマイナースポーツや学生スポーツの方が八百長の起こりやすい状況に置かれていると言えるかもしれません。前述のようにナイト委員会がNCAAを含むアマチュアスポーツを賭博の対象として禁止するように各種政府に要請しているのも、こうした認識を踏まえたものだと思われます。
このように、改めて考えてみるとスポーツ賭博解禁は諸刃の剣とも言え、メリットとデメリットを併せ持つものです。また、賭博は解禁されると全てのレベルのあらゆるスポーツを否応なく呑み込んでいく性格を持っています。最高裁判決を受け1500億ドルの“見えない市場”が姿を現そうとしている今、新たな事業機会の獲得とスポーツの純粋性の維持を両立する制度設計が望まれています。
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