1. コラム

今年のスーパーボウルに見られた協賛イベントの新展開

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 今月2日に米国最大のスポーツイベントであるスーパーボウルが開催されました。米国プロスポーツで最も成功していると言われる米プロフットボールリーグ(NFL)の決勝戦であるこのイベントは、以下のような信じられない実績が目白押しの“お化けイベント”で、アメリカにおける“国民の祭典”です。

  • 多チャンネル化が進む米国で、テレビ視聴率が1991年より24年連続で40%以上
  • 米国テレビ史上、歴代視聴者数トップ10番組のうち9つを独占(ちなみに、6位に唯一食い込んでいるのが1983年に放映されたドラマ「M*A*S*H*」の最終回)
  • 全世界200以上の国と地域で放送され、世界で最も多くの視聴者を集める単一スポーツイベント
  • 30秒の広告枠の平均額が約400万ドル(4億円)
  • 「スーパーボウルのチケットが当選したから取りに来るように」といった類のおとり捜査が度々行われ、指名手配犯が逮捕される
  • 「スーパーボウル開催日を国民の祝日にしよう」(スーパーボウル・ホリデー)や、「スーパーボウル翌日の月曜日は(会社を休みにして)学校参観日にしよう」という運動もある

 今年は私の地元ニューヨークでの開催ということもあり、いつもにも増してスーパーボウルを身近に感じることができました。

 今回のコラムでは、スーパーボウル開催に合わせてマンハッタン内で実施された特別イベント「スーパーボウル・ブルーバード」の模様や、そこで各スポンサー企業が提供したアトラクションの内容などを現地レポートしながら、スポーツ協賛イベントにおけるマーケティング手法の変化や、東京オリンピックに向けた展望などについて書いてみようと思います。

フットボール観戦は1日イベント

 日本人から見ると、アメリカ人のフットボールの楽しみ方は常軌を逸しているように見えるかもしれません。多くのフットボールファンは試合開始の半日くらい前に試合会場にやってきます。駐車場で仲間とバーベキュー・パーティーを行うのがその目的です。

 これは「テールゲート・パーティー」と呼ばれるフットボールファンの習慣で、運転してきた車の後部荷台(テールゲート)を開け放ち、そこを調理場に使いながら持参したグリルでバーベキューを行うのです。当然、ビールやワインなどアルコール類も大量に持参しており、ファン同士ほろ酔い気分で試合前の話に花が咲くことになります。

 輪投げなどの素朴な遊び道具を持ち込むファンも多く、ファン同士で、あるいは親子で休日のひと時を楽しむ恒例イベントになっています。そして、ひとしきり試合前の余興を楽しんだ後で、満を持して試合観戦に臨むのです。また、ファンの中には、試合のチケットは買わずにこのテールゲートだけを楽しみに来る“強者”も少なくありません。

 テールゲート・パーティーはフットボール独特の楽しみ方なのですが、これは興行形態の違いによる部分が大きいと思います。年間162試合ある野球(MLB)や82試合あるバスケットボール(NBA)、アイスホッケー(NHL)などと違い、NFLは年間16試合(ホームゲームは8試合)しかありません。この貴重な1試合(試合は主に週末に開催)を思う存分楽しみたいという発想が、1日をフルに使って楽しむ行動に駆り立てるのではないでしょうか。

 また、アメリカでは公園や海岸などの公共スペースでの飲酒が原則禁じられています。こちらに住んでみると分かるのですが、基本的に太陽を見ながら外で飲酒することはできないという感覚です(それこそ、公園で酒を飲みながら花見などしていると警察に捕まります)。しかし、スポーツ施設などの特定の娯楽地区では例外的に飲酒が認められており、それがテールゲートの盛り上がる別の要因として挙げられるかもしれません。

スーパーボウル観戦は1週間イベント

 しかし、フットボールファンの最大の楽しみの1つであるテールゲート・パーティーが、実はスーパーボウルでは禁止されています。全米中から多くのファンが集まるスーパーボウルでは、防犯上不要ないざこざを回避するやむを得ない措置として定着しています。その代わり、スーパーボウルでは試合の1週間ほど前から「スーパーボウル・ウィーク」と称してタイムズスクエア周辺で大規模なファンイベントが開催され、ファンや観光客、家族連れが楽しむことができるように配慮されています。

 今年は、マンハッタン内を南北に貫くブロードウェイの34丁目から47丁目までの14ブロック(約1km)が「スーパーボウル・ブルーバード」(Super Bowl Boulevard)と名付けられて歩行者天国となり、そこに多くのNFL公式スポンサー企業がアトラクションを設置していました。アメリカ国民から大きな注目を集めるスーパーボウルは、公式スポンサーにとっては年間最大のショーケースでありハイライトなのです。

参考:「スーパーボウル・ブルーバード」の地図

出所:NFL.com(こちらから閲覧可能)

 NFLと言えば、世界のプロスポーツリーグで最大の売り上げ(約95億ドル=9500億円)を誇り、スポンサー企業がつぎ込むマネーも巨額です。2013年シーズンでは、95億ドルの売り上げのうち、その11.2%に当たる10億7000万ドル(約1070億円)が公式スポンサーからの協賛金収入でした。NFLのリーグ公式スポンサーの中には、例えば後述する今年のハーフタイムショーを協賛したペプシ社のように、ゲータレードやトロピカーナ、フリトレーなどの傘下のブランドを合わせて年間の権利料が1億ドル(約100億円)を超える企業も見られます。

熱気に満ちた「スーパーボウル・ブルーバード」

 「スーパーボウル・ブルーバード」には、NFLの公式スポンサー8社が独自のアトラクションを出展していたのですが、その中でも特に今年ファンから一番人気だったのがGMのピックアップトラックブランドGMCが協賛する「トボガン・ラン」(ソリを用いた大型滑り台)です(下写真。注釈がない写真は筆者撮影)。

 滑り降りるのには5ドル(約500円)のチケットを購入する必要があり、マンハッタン内数か所に設けられた券売所には長蛇の列ができていました。チケットを買っても滑り台周辺は順番待ちのファンでごった返しており、氷点下の寒さを吹き飛ばす熱気に満ちています。

 この滑り台、はたから見る分にはとそれほど大きくは見えないのですが、実は高さが18mもある巨大な建造物で(最高部はビルの5~6階に相当)、近づくと凄い迫力です。側面にはGMCのピックアップトラックの巨大広告が掲出されており、その大きさに圧倒されます。

 この滑り台のほど近くには、GMCの高級SUV「ユーコン・デナリ」の最新2014年モデルが“スーパーボウル公式車”として展示されており、巨大広告との相乗効果で多くのファンの注目を集めていました。

 「トボガン・ラン」などは、単純にデカくて面白い、子供にも人気のアトラクションだったわけですが、こうしたファンイベント全体を協賛企業に付加価値を提供する仕組みとして捉えた時に面白かったのが、RFIDとクラウドサービスを用いた入場管理です。

ファン体験を最大化するクラウド型入場管理システム

 今年の「スーパーボウル・ブルーバード」では、ファンが事前にRFIDを内蔵したIDカードを申請する形を取っていました。このIDの登録(アカウント開設)時に、各自がメールアドレスやFacebookなどのソーシャルメディアと連動させ、アトラクションで撮影した写真や動画などを自動的に自分のアカウントにアップロードしてくれるのです。

 例えば、NFLの公式ソフトウェアソリューション・スポンサーであるSAP社が出展していた「スタッツ・ゾーン」では、NFLの選手や球団のスタッツ(記録)情報を映像など交えながら分かりやすくファンに提供しています。タッチパネルを用いた双方向性の高いモニターを用いた情報提供には、多くのファンが釘付けになっていました。

 ブースの中には、自分の応援するチームの選手になりきってヘルメット姿で記念写真を撮影することができる端末も用意されており、撮影前にIDカードを端末にかざせば、自動的に写真が自分のオンラインアカウントに転送される仕組みです。

 もう1つだけ事例をご紹介しましょう。今度はNFLの公式チョコレート、スニッカーズ社が出展していたブースです。ここでは、「スーパーボウル・サティスファクション」(Super Bowl Satisfaction)と題して、喜びの瞬間をスローモーションで撮影してくれるアトラクションが人気を博していました。係員から「とにかくバカ騒ぎした者勝ちね」などと煽られながら、以下のような自分だけのスニッカーズCMを制作してくれるのです。

ブースで制作されたスニッカーズの独自CM

 もちろん、こうした動画も自分のアカウントに自動的にアップロードされ、簡単に友だちとシェアすることができます。実はスニッカーズは昨年までスーパーボウルのテレビCMの常連として知られていたのですが、今年はマーケティング活動を完全にオンラインにシフトさせ、このようなカスタマイズされたCMをソーシャルメディアで拡散させる方向に転じています。

 「スーパーボウル・ブルーバード」では、NFL公式スポンサー8社の提供するアトラクションだけでなく、NFL自身が提供する各種ファンイベントやテレビ局が設置した臨時放送スタジオ、世界最大の百貨店メイシーズに開設された特別NFLショップにアクセスする際にも、すべて同じIDで入場管理を行っています。従来までのファンイベントでは、アトラクションを訪問するたびに手荷物が増えたり、その場でいちいち顧客情報を登録しなければならないなど、意外に煩わしい思いをするものでした。

 しかし、今回のスーパーボウルでは、クラウド型RFIDシステムを導入することでこうした煩雑さからファンを解放し、さらにソーシャルメディアと連動することで手軽に体験を友人同士で共有できるインフラを整備することができるようになったのです。アトラクションが単発でICカードを用いた入場管理を実施した事例はロンドン五輪などでも見られたのですが、イベント全体で統一されたエントリーシステムを導入したのは初めて見ました。

メガイベントが進化を促すマーケティング活動

 寒さの苦手な私は、試合自体は自宅でテレビ観戦したのですが、試合会場まで観戦しに行った友人の話では、協賛活動という意味ではペプシ社が協賛したハーフタイム・ショーの演出が大きな話題になっていたようです。

 今年のハーフタイム・ショーには、ブルーノ・マーズとレッド・ホット・チリ・ペッパーズが出演したのですが、コンサートでは8万2000名のファンで埋め尽くされた満員の観客席がリズムに合わせてチカチカ点滅しているのに気づいた方もいらっしゃったかもしれません。

 実はこれ、ペプシ社がLEDと赤外線受信機を埋め込んだ特製ニット帽を配布しており、演奏時にニット帽に信号を送ることで観客席がリズムよく点滅していたのです(写真2点は友人の西原隆君より拝借しました)。8万人超の観客を巻き込んでここまで大がかりな演出を施すのは、スーパーボウルならではと言えるかもしれません。

 このように、スーパーボウルのようなメガイベントは、スポーツ協賛活動においてマーケティング手法が大きく進歩していく牽引車のような役割を果たしていると言えます。多くの国民が注目し、巨額の企業マネーが動くイベントだけに、新たな技術や発想を思い切って採用しようという機運が生まれるのです。

 視聴率40%超のスーパーボウルは毎年開催されるほか、スポーツ大国アメリカにはMLBのワールドシリーズやNBAファイナル、NHLのスタンレーカップなど同様のメガイベントが年間いくつも開催されます。これに4年に一度のオリンピックやワールドカップも加わります(ただし、自国開催でない限り、協賛企業の活動は限定的となる)。

 翻って、日本スポーツ界の未来を見据えると、2020年の東京オリンピックが企業の協賛活動において、その発想や技術を大きく進化させる可能性を持っていると感じます。実際、昨年9月に東京がオリンピック開催地に決定して以降、私のところにもオリンピック関係の相談事や調査案件が持ち込まれるケースが増えてきています。

 次回のコラムでは、私が仕事を通じて肌で感じる日本スポーツ界の変化の胎動や、東京オリンピックにて期待されるスポーツビジネスの進化などについて書いてみようと思います。

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