1. コラム

アメリカ大学スポーツの終わりの始まりか?(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 3月26日に全米労働関係委員会(NLRB)が下した判断が、アメリカの大学スポーツ界に大激震を走らせています(NLRBとは、全米労働関係法に基づき、団体交渉権、不当労働行為の禁止など主要な労働関係法を執行する連邦政府の独立行政機関)。

 「奨学金を得ている学生選手は、連邦法で労働者と認められる」

 青天の霹靂(へきれき)とは、まさにこういうことを言うのかもしれません。学生選手の労働者性が認められるとは、誰も予想しなかった展開でした。

 事の発端は、今年の1月。名門ノースウエスタン大学の現役フットボール部員たちが、学生アスリートによる労働組合設立に向けて動き出したのです。2月にはNLRBにより公聴会が開かれ、組合設立を熱望するフットボール部員と、反対するヘッドコーチがそれぞれの主張を展開しました。それを踏まえて、前述の前代未聞の裁定が下されたのです。

 学生スポーツがアメリカほど盛んでない日本の読者の皆さんに、この決定のインパクトの大きさがどれだけ伝わるか分かりません。誤解を恐れずに例えれば、日本のある高校野球部の現役部員が学生労働組合の設立を求めて立ち上がり、これに対して労働委員会が「野球特待生は労働者である」と認めたような感じでしょうか。

 この先には、当然、日本高野連に対する団体交渉が視野に入ってくるわけです。「試合開催によって手にした売り上げの一定比率を労働の対価として学生に支払え」「練習中に負った怪我に対して労災を認めろ」といった交渉です(あくまで例え話です)。

 今回のコラムでは、現役学生アスリートが労組設立に及んだ背景や、NLRBによる歴史的判断の内容、そのインパクトなどについて解説してみようと思います。

世界のメジャープロスポーツを凌駕する収益力

 まず、NLRBによる判断の詳細を解説する前に、背景をご説明しましょう。つまり、なぜ大学生アスリートが労働組合などを組織しようと思うに至ったのかです。

 それは、一言で言えばアメリカでは学生スポーツが巨額の富を生んでいるからです。大いに儲かっている“雇用主”に比べ、“労働者”に位置付けられる学生アスリートの待遇があまりにも悪いと学生が感じているのが根本的な原因です。

 以前、『米学生スポーツのアマチュア規定は幻想?(上)~「学生選手にも報酬を」という意見が急増する背景』などでも書きましたが、アメリカの大学スポーツ全体の市場規模は約80億ドル(約8000億円)に達すると言われており(2010年時点)、米メジャーリーグ(MLB)や英プロサッカーリーグのプレミアリーグを凌駕します。

 全米大学体育協会(NCAA)は三層構造になっています。大学スポーツ全体と統括するNCAA(第一層)の傘下には、大小合わせて100以上のカンファレンス(地域リーグ)が存在し(第二層)、各カンファレンスには5校から12校程度の大学が所属する(第三層)構造になっています。現在、全米には1200校以上の大学がNCAAに加盟しています。

 この三層構造が生み出す収益は莫大です。2012年のNCAAの売り上げは約8億7200万ドル(約872億円)。これには、カンファレンスや大学の売り上げは含まれません。カンファレンス別でみると、同年トップの「ビッグ・テン・カンファレンス」の売り上げは約3億1000万ドル(約310億円)、2位の「パック12カンファレンス」は約3億300万ドル(約303億円)。

 上位5つのカンファレンスだけで14億ドル(約1400億円)以上の収入をたたき出します。さらに大学単体レベルでも、運動部全体が稼ぎ出す収入が1億ドル(約100億円)を超える大学は珍しくありません。これらが総体として80億ドルの巨大な市場を形成しているのです。

貧富の差に学生アスリートの不満が爆発

 大学スポーツがこれほどまでにマネーを生んでいるにもかかわらず、NCAAが定める「アマチュア規定」の存在により、学生アスリートはプレーの対価としての金銭の受け取りが禁止されています。そればかりか、練習や試合中に大怪我をして巨額の医療費を請求されても、その一部を選手が負担しなければならないなど(過度な医療費の支払いは「報酬」と見なされるため)、理不尽な待遇に甘んじなければなりません。

 もっとも、厳密に見れば学生アスリートがプレーの対価を全く手にしていないわけではありません。スカラーシップ(奨学金)という形で授業料や生活費の一部が支給されています。しかし、それは微々たるものです。

 少し古い数字ですが、ノートルダム大学のリチャード・シーハン教授(経済学)が著書『Keeping Score』(1996年)の中で、NCAAの「2大花形スポーツ」であるフットボールとバスケットボールの学生選手(ディビジョンI所属)の時給を計算しています(実質的な対価をスポーツの活動時間で割った数字)。それによるとフットボール選手の平均(中央値)は7.69ドル(約769円)、バスケットボール選手は6.82ドル(約682円)だったそうです。

 20年近く前の数字ですが、仮に学生への奨学金額が倍になっていたとしても、タカがしれた金額でしかありません。これに対し、大学スポーツを経営する側はそれなりに対価を手にしています。

 今や大学体育局(Athletic Department。運動部全体の経営を管理する部署)の幹部職員の平均年収は40万ドル(約4000万円)を超えます(2009年HBO Real Sports Special調べ)。コーチに至っては、強豪アラバマ大学フットボール部のヘッドコーチ、ニック・セイバン氏の年俸は550万ドル(約5億5000万円)、ケンタッキー大学バスケ部監督のジョン・カリパリ氏の年俸は500万ドル(約5億円)とプロ顔負けです。

現役学生アスリートによる労組設立の経緯

 こうした不平等感が高じて、学生選手組合設立の機運が生まれて行くことになります。その活動母体となったのが、学生アドボカシー団体「全米大学選手協会」(National College Players Association、通称NCPA)です。

 NCPAは、「奨学金額の増大」や「医療費負担の軽減」、「脳損傷リスクの軽減」など11項目の活動目的を掲げて1997年に設立された非営利団体です。設立したのは、自身もUCLAでフットボール選手として活躍したラモギ・ヒューマ(Ramogi Huma)氏で、現役時代に奨学金が底をついたチームメイトが食料品を受け取ってNCAAから出場停止処分を受けた個人的体験が契機になったそうです。

 NCPAにはディビジョンIに加入する150校以上の大学から述べ1万7000人以上の学生アスリートが参加しました。昨年からは、全米の学生アスリートに団結を呼びかける「選手全員で団結しよう」(All Players United)運動を開始し、会員選手が「APU」と書かれたリストバンドを試合中に着用したり、試合に合わせて会場上空で飛行機からスローガンを掲げたりするといった啓蒙活動を展開しています。

 そして、機が熟したと見たNCPAは今年1月、目指す労働組合の母体となるべく新団体「大学体育選手協会」(College Athletes Players Association、通称CAPA)を立ち上げます。NCPA代表のヒューマ氏がCAPAの代表も兼任するほか、組合設立の“実動部隊”となるノースウエスタン大学フットボール部でエースQBを務めた4年生のケイン・コルター(Kain Colter)氏も共同創設者の1人に名を連ねています。

流れを変えたNLRBの“柔軟性”

 ノースウエスタン大学フットボール部の選手たちは、1月にCAPAが設立されると、早速NLRBに対して労働組合設立の申し立てを行いました。NLRBが学生選手を「労働者」として認めれば、学生組合設立にもゴーサインが出ます。そうすれば、NCAAに対して奨学金(報酬)の増額など待遇改善を求める団体交渉を行ったり、ストライキを行使したりする権利が得られるわけです。

 2月に実施された公聴会に証人として出廷したコルター氏は、「学生選手にとってスポーツは実質的に奨学金を対価とした仕事(Job)に当たり、大学も学生に対して学業よりスポーツに高い優先順位をつけるように指導している」として、組合設立の妥当性を述べました。これに対し、組合設立に反対する同フットボール部ヘッドコーチのパット・フィッツジェラルド氏は「学業が最優先事項であり、コーチの仕事は学生にスポーツを通じて人生に備えることを教えることだ」と反論しています。

 実はこの時点では、学生選手組合設立の見込みはほとんどないとする見方が主流でした。なぜなら、過去の訴訟で多くの裁判所が学生アスリートの労働者性を認めていなかったからです。だから、NLRBもその労働者性を認めるわけがないと思われていたのです。では、なぜ流れが変わったのでしょうか?

 結果的に、NLRBが裁判所とは異なる原理で動いていたことが、今回の歴史的判断につながったと言われています。すなわち、裁判所は「先例拘束性の原理」(同種の事案について過去に裁判所の判決がある時は、その先例に従って判決を下すべきとされる法的義務)に縛られるのに対して、NLRBは裁判所ではないため、過去の裁判事例に捉われず、提示された証拠や証言だけを元に判断を下せたという点です。

「学生アスリートは学生ではない」

 コラムの冒頭でお伝えした様に、NLRBが下した判断は多くの専門家の予想を覆すものでした。NLRBによる24ページの裁定文(原文はこちらで確認できます)には、「奨学金を得ている学生アスリートは、全米労働関係法第2条3項の定める“労働者”と認められる」と記されていたのです。

 裁定文を読んで私なりにNLRBの判断のロジックを整理してみます。ポイントとなった点は、次の3つだと思われます。

 第1に、大学フットボールは「ビジネス」であると認めている点です。ノースウエスタン大は、最も収益力の高い「ビッグ・テン・カンファレンス」に所属しています。2012年シーズンに同大学フットボール部が稼ぎ出した収入は3010万ドル(約30億1000万円)でした。

 ノースウエスタンはフットボールの強豪校ではないため、この数字自体は大きなものではありません(テキサス大などはフットボール部の収入だけで1億ドルを超える)。それでも、NLRBはこの事実より「大学はフットボールチームの役務により経済的利益を得ている」と判断しています。

 第2に、奨学金には「労務対償性」があると認めている点です。フットボール部員112人のうち、85人が奨学金を得ている学生アスリートでした(85人はNCAA規定で定められるフットボール部奨学金枠の上限)。

 ここで、NLRBは、同大学が4年間の複数年奨学金を提示していること、フットボールのプレーができなくなるといった一定条件下で奨学金が取り消され得ることなどから、「事実上、奨学金は明らかに選手のパフォーマンスと結びついている」と判断しています。つまり、奨学金は事実上、プレーの対価であると見なしたわけです。

 第3に、練習や試合を「指揮監督下の労働」として認めている点です。NCAAはコーチが監督する練習時間を週に20時間以内に定めていますが、公聴会でのコルター氏の証言(宣誓下)から、コーチ不在の練習やミーティング、トレーニングなどを合わせると、事実上週50時間前後はフットボールのために拘束されている現状が明らかになっています。

 さらに、大学の授業と練習が重複した場合、練習を優先させるように圧力があったとも証言されています。チームには、学生としての行動の自由を一定程度束縛する規則もあったようです。NLRBは、こうした現状を考慮した結果、「練習時間は通常の正社員の労働時間を超えているばかりか、選手が学業に割く時間をも超えている」と判断したのです。

 以上から、NLRBは、奨学金を得ている学生アスリートは第一義的に使用従属性が高い「労働者」であり「学生」ではない、との歴史的な結論を下したのです。

NLRB裁定の破壊力

 大学側は、「奨学金はプレーへの対価ではなく、学生生活の支援金」「学生アスリートは、労働法上は守衛などと同様の“臨時従業員”(temporary employee)であり、正式な従業員とは見なされない」と主張していました。

 しかし、NLRBは、「奨学金が学生生活の支援金なら、なぜプレーできなくなった学生選手の奨学金が取り消されるのか」「長時間にわたる拘束時間や4年間の複数年奨学金を考えると、学生選手を守衛と同様に捉えるのは無理がある」として、ことごとく大学側の主張を退けています。

 こうして、NLRBの裁定は、NCAAが長きに渡って守り続けてきた「アマチュアリズム」を粉々に粉砕しました。この判断は、アメリカの大学スポーツのビジネスモデルそのものを破壊する力を持っています。

 スポーツビジネスにおいて、コスト要因として最も大きいのが選手年俸です。メジャープロスポーツでは、球団収入の5割程度が選手年俸として消えて行きます。しかし、学生への対価を禁じたアマチュア規定により、NCAAは選手コストを極小化することに成功し、極めて収益性の高いビジネスモデルを享受することができていました。また、大きな収益力を持つフットボールと男子バスケットボールが稼ぎ出したマネーが、ほかの競技の活動原資にもなっています。このモデルが、今や風前の灯になってしまったのです。

 ノースウエスタン大学では、4月25日にフットボール部員により労組設立の是非を問う投票が行われます。投票が可決されれば、米国スポーツ史上初の学生アスリートによる労働組合が設立されることになります。他大学の運動部が追随するのも必至でしょう。

 『米学生スポーツのアマチュア規定は幻想?(上)~「学生選手にも報酬を」という意見が急増する背景』でも触れましたが、現在、これとは別にNCAAを破産させ得る訴訟が進行しています。一体、今回のNLRBの判断はこの訴訟にどのような影響を与えるのでしょう? NCAA側に反撃する術は残されているのでしょうか? そもそも、特定競技だけに学生労組が設立されると、競技間や男女間の公平性はどうなってしまうのでしょうか?

(続きは次回のコラムでお伝えします)

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