このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
このコラムでも再三お伝えしてきた、大きな節目を迎えている米国学生(大学)スポーツですが、そのあり方に大きな変化を迫る「学生アマチュア規定は法律違反」とする歴史的判決が、8月に下されました。
「アマチュアリズム」を盾に学生選手への報酬の支払いを制限する一方で、学生選手がプレーする試合という「製品」から巨額の富を生み出している大学スポーツ界には、これまでに数多くの批判の目が向けられてきました。
以前、『「学生選手にも報酬を」という意見が急増する背景(上)~米学生スポーツのアマチュア規定は幻想?』などにも書きましたが、大学スポーツ界はプロ顔負けの巨額のマネーを生み出す一方、プロスポーツ経営では最大のコスト要因となる選手の年俸を最小限に抑えることに成功しています。
こうした状況を不公正と考えた学生らから、近年大きく2つの動きが生まれていました。1つは学生選手による労働組合結成の動きであり、もう1つは、米大学スポーツを監督する全米大学体育協会(NCAA)がアマチュアリズムを守るために定めている種々の規定(学生への報酬の支払い禁止、奨学金への上限設定など)に対して裁判を起こす動きです。
前者については、『アメリカ大学スポーツの終わりの始まりか?(上)~“アマチュアリズムの幻想”を粉砕した歴史的判断』にも書いたように、全米労働関係委員会(NLRB)が今年3月に「奨学金を得ている学生選手は、連邦法で労働者と認められる」という判断を下しています(現在、大学側による異議申立の審査中)。この判断により、米大学スポーツにおける「学生の本分は勉強」という建前はもろくも崩れ去りました。
そして、後者の動きに当たる裁判のうちの1つの事案で、冒頭でお伝えした歴史的な判決が下されたのです。これにより、今まで大学スポーツ側がレゾンデートル(存在意義)としていたアマチュア規定自体が、司法審査により明確に法律違反であると判断されてしまったのです。つまり、誤解を恐れずに言えば、NCAAの現行のアマチュア規定を基本にしたビジネスモデルは既に「死に体」だということです。
今回のコラムでは、この歴史的判決の意味やそれが大学スポーツ界にもたらすインパクト、今後の展望などについて考えてみようと思います。
アマチュア規定の裏に40億ドルのライセンス市場
この歴史的判決が下された裁判は、通称“オバンノン訴訟”と呼ばれています。かつてUCLAのバスケットボール部で全米制覇するなど活躍したエド・オバンノン氏が、卒業後、自らの与り知らぬところでテレビゲームなどに自分の名前や肖像などが使われていることを知りました。
NCAAのライセンス商品の市場規模は40億ドル(約4000億円)とも言われています。同氏は、DVDやテレビゲームなどNCAAライセンス商品に過去の学生選手の肖像権が無許可で利用されている一方、その利益が学生に還元されていないのは不当として、学生への対価の支払いを禁ずるNCAA規定は取引制限に当たり反トラスト法違反(日本の独占禁止法に当たる)であると訴えたのです。このオバンノン訴訟は集団訴訟として認められ、原告には数千人の学生選手が名を連ねています。
実は、当初この裁判ではNCAA以外にも、テレビゲームを制作していたEAスポーツ社やNCAAの代理店として学生選手の肖像権を販売していたCLC(Collegiate Licensing Company)社も被告として名を連ねていました。しかし、この2社は早々に和解に応じており、テレビゲーム内にアバターとして登録されていた10万人以上の学生選手に対して、総額約4000万ドル(40億円)の和解金の支払いに同意しています。
NCAAは、原告側の主張に対して「学生選手に報酬を禁ずるアマチュア規定は、NCAAの教育的価値やビジネスモデルを守るために必要不可欠である」などとして徹底抗戦の構えを見せていました。そして、公判前の証拠開示手続きに5年近い歳月を費やし、今年6月9日から公判が開始された注目の裁判の判決が先月8日に下されたのです。
最悪のシナリオは免れたNCAA
カリフォルニア州連邦地裁のクラウディア・ウィルケン判事は、その99ページにも及ぶ判決文の冒頭にて、争点となっているアマチュア規定は「NCAAのディビジョンI校の教育的・運動的機会において不合理な取引制限であると認められる」「NCAAが主張するアマチュア規定の競争促進的効果は、より制限的でない手段により実現し得る」として、これが反トラスト法違反に当たるとの判決を下しました。
しかし、判決文をよく読んでみると、同判事が学生選手への報酬の支払い(Pay for Play)を無制限に認めているわけではないことが分かります。判決では、NCAA所属大学が学生選手への肖像権利用に対する対価の支払いを禁ずる規則の制定を禁じている一方で、NCAAによる新たな「より制限的でない」ルール設定を求めています。つまり、新たな枠組み作りについてNCAAに一定の裁量権とその合理性を認めているのです。
裁判所は、新たな枠組み作りにおいてNCAAが満たさなければならない最低限のラインは定めています。例えば、
- 「学生選手が在学中に手にすることができる金額について、NCAAが一定のキャップ(上限)を設定することができるが、それが学生生活を送るのに必要な額(Cost of Attendance)を下回ってはならない」
- 「肖像権利用への対価の支払いは、信託基金にいったんプールし、学生選手が(卒業やプロ転向などで)大学を離れた際に受け取ることができることとし、その金額に上限を付けることはできるものの、それが年5000ドル(約50万円)を下回ってはならない」
などの細かい注文を付けています。
しかし、そもそもこの事案で争われているのは学生選手の肖像権の集合的利用についてのみですから、ここで言う「対価の支払い」とは肖像権収入に限定されることになります。また、ウィルケン判事は、原告側が求めていた、学生選手による商業製品とのエンドースメント契約の許可については、「NCAAとその所属大学による学生選手の商業的搾取からの保護努力を損なう」としてこれを禁じる判断を下しています。
このように、今回の判決は直ちに学生選手がプロ選手のようにプレーの対価を受け取ることを認めたわけではないのです。その意味では、NCAA側にとっては最悪のシナリオは免れたと言えるでしょう。
NCAAを待ち受ける司法的挑戦
しかし、NCAAがホッと一息ついている暇はないかもしれません。NCAA側はこの判決を不服として控訴する意向を見せているほか、この事案以外にも同様の裁判がいくつか控えているためです。
その中でも、特にNCAAにとって大きな訴訟は、学生選手の奨学金への上限設定は違法だとして、10数名の学生選手がその上限撤廃を求めているケースです。この訴訟で原告側の弁護士として活動しているジェフリー・ケスラー氏は、プロスポーツ界で選手側についてその権利擁護を行う辣腕弁護士として知られており、NFLにフリーエージェント制度をもたらした反トラスト法訴訟(NFLが敗訴した)の仕掛け人です。
前述したように、学生の労働者性を争っているNLRBでの異議申立への審査も控えています。少なくとも、NCAAが金科玉条としていたアマチュア規定の違法性が明らかにされた以上、ある一定程度のビジネスモデルの変更は避けて通れないでしょう。問題は、「どの程度」の変化を強いられることになるかという点ですが、それは今後の類似訴訟の展開次第という状況で、予断を許しません。
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