1. コラム

米国の常識から考える新国立競技場建設計画の迷走

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 「半世紀前に立てられたスタジアムでも、10年前に立てられたような新鮮な印象を与え続けるものもあれば、75年前に立てられたように古びて感じるものもある。その違いを生むものは何だか分かりますか?」

 これは、先月サンフランシスコで開催された「スポーツ施設&フランチャイズ2015」(以下、SFF)のとあるセッションでの一幕です。SFFは、米国でスポーツ組織の経営者を主な読者に持つ業界誌「スポーツビジネス・ジャーナル」が毎年開催するカンファレンスで、最新のスポーツ施設経営に関するノウハウや事例を2日間にわたって共有するものです。私も定期的に参加しています。

 冒頭の質問は、米メジャーリーグ(MLB)のサンフランシスコ・ジャイアンツの球団社長兼CEOであるラリー・ベアー氏への単独インタビューで、同氏が会場の参加者に投げかけたものです。サンフランシスコ・ジャイアンツと言えば、その本拠地AT&Tパーク(2000年オープン)は、いつ訪れても新鮮な雰囲気に満ちており、平均観客収容率はMLBナンバーワンの99.4%という驚異的な数字を誇ります(2015年7月14日時点)。

 ベアー氏の質問の種明かしは後ほど行うとして、今回のコラムでは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた新国立競技場の建設問題について考えてみようと思います。

重要なのは総工費の多寡ではなく投資回収計画

 多くの皆さんもご承知のように、現在、新国立競技場の建設を巡って侃侃諤々の議論が巻き起こっています。複数のメディアが行った世論調査では、いずれも国民の大多数が現行案での建設続行に反対と答えていました。

  • 新国立競技場、反対71% 建設計画(朝日新聞)
  • 新国立「見直しを」81%、内閣支持低下49%(読売新聞)
  • 世論調査 新国立競技場「納得できない」81%(NHK)

 安倍晋三首相がゼロベースでの建設計画の見直しを決定したとはいえ、総建設費に2520億円もの巨費が投じられる(実際は、さらに毎年約40億円の維持管理費に加え、50年間で総額1046億円の改修費が計上されており、50年間での総コストは5500億円を超える)建設プロジェクトが、責任者不在のまま財源と収入の見込みもなく見切り発車的に進められていたのは、全く恐ろしい事態です(数字は7月7日の第6回有識者会議で了承された収支)。

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は、先日札幌市で行った講演で「2020年のオリンピックのレガシー(遺産)として、50年、70年後も使えるものにしていきたい」と述べたそうですが、そのような目的を実現させるための計画は今のところ全く見えていません。巨額の税金が投じられるのなら、それは国民が投資家として参画するプロジェクトのようなもので、国民に対しての説明責任があります。税金は政治家のポケットマネーではありません。

 私は仕事柄、日本のプロスポーツ組織のスタジアム建設・改築プロジェクトに関わることがあります。その際、私の役回りは米国でのスタジアム建設における最新の設計トレンドや事業スキーム(資金調達手法や事業計画など)を調査し、クライアントにフィードバックすることが中心になります。米国のスタジアム建設事情をある程度知っている私から見ると、新国立競技場建設プロジェクトには不透明でプロジェクトの成功に疑問を抱かざるを得ない点がいくつもあります。

 既にこの問題には様々な専門家の方が施設デザインや意思決定プロセスなどの観点から意見を述べられています。安倍首相の政治決断により総工費削減の検討が始められたと報じられていますが、工費が減ればすべて良いというわけではありません。重要なのは、投資をどう回収するのかという事業計画です。総工費が高くてもきちんと元が取れれば素晴らしい投資になりますし、逆に安くても赤字の垂れ流しになればレガシーには程遠い国民の“お荷物”になってしまいます。その意味で、工費削減だけでは問題の根本的な解決にはなりません。

 私たちは、引き続き税金がどのように使われ、どのようなリターンがあるのかについて、厳しい目で新国立競技場建設プロジェクトを注視していく必要があるでしょう。

日米の差は自治体のスタンスの違い

 日米のスポーツ施設にはそのサービスレベルや集客力、収益性などで大きな差があります。しかし、意外かもしれませんが、施設の保有・運営スキームに大きな違いはありません。日米ともに大多数のスポーツ施設建設には税金が投入され、自治体により保有・運営されています(米国4大スポーツでは、その約3分の2の施設が自治体保有)。違うのは、施設を保有・運営する自治体(もしくはその外郭団体)のスタンスです。

 日本の自治体は良くも悪くも「公共性」を重視します。以前「なぜ佑ちゃんを使わない~球場の命名権が売れない理由」でも書きましたが、例えば札幌市が保有する札幌ドームはその収益の大部分を北海道日本ハムファイターズに依存しています。にもかかわらず、ファイターズの興業に配慮した施設の改築や営業活動の統合などはほとんど行われていません。なぜなら、ファイターズは店子の1つであり、札幌ドーム建設に多額の税金を活用している手前、「特定の私企業に便宜を図るわけにはいかない」からです。

 一方、米国の自治体は「収益性」を重視します。誰に税金を使えば一番リターンがあるのかを計算し、投資対効果の高いテナントや事業者に優先的に便宜を図り、税金を投入します。スポーツ施設をプロフィットセンターとして認識し、「最大のリターンを得ることが最も公共性に資する」という考えの米国は、それをコストセンターとして認識し、「管理の公平性」にだけ注力する日本とは対照的です。

 新国立競技場も、仮にコストダウンした新たな建設計画ができたとしても、事業性を度外視して管理の公平性にのみ配慮した施設設計がなされると、単に規模が大きくなっただけで、結局これまでと同様に、「誰にとっても使い勝手の悪い」中途半端な施設で終わってしまうのではないかと危惧します。「すべての競技団体やユーザにとって使いやすい施設」などと言うと聞こえはよいですが、結局それは税金のバラマキに過ぎません。こうした税金の“バラマキ体質”、“たかり体質”が日本の公共スポーツ施設が世界の一流になれない真因ではないでしょうか。

「工場を作る前に、何を作るのかを決めないと」

 この日米の自治体のスタンスの違いは、施設の事業設計プロセスにも大きな影響を与えます。米国では、施設設計段階から10社程度の「共同創設パートナー」(Founding Partner)を募り、10~20年程度の長期的なコミットメントを求める代わり、施設内での独占的な事業機会を提供する形でパートナーシップを組むのが一般的です。要は、リスクを共有する事業パートナーとして、施設設計時から事業者(協賛企業やテナント)にコミットしてもらい、よりビジネスのやりやすい施設を自治体と共に造り上げていくのです。

 例えば、昨年オープンした米プロフットボールリーグ(NFL)のサンフランシスコ。49ersの本拠地、リーバイス・スタジアムでは、以下の9社(2013年9月時点)が共同設立パートナーとして10年以上の長期契約を結び、球場所有者とともに二人三脚で球場ビジネスの中核を担っています。こうしたパートナーには年間1000万ドル前後の協賛料が求められるケースが多いのですが、施設保有者としては独占的なビジネス環境を構築する見返りに、財務的な安定性を手に入れることができるというわけです。

表:リーバイス・スタジアムの共同設立パートナー

Anheuser-Busch麦芽飲料球場内にブランド名を冠した特製ファンデッキの設置を受ける
BNY Mellon金融球場のクラブシート階の命名権を取得
Brocadeネットワーク球場内のネットワーク機器を提供する他、ラウンジの命名権を取得
Dignity Healthcare医療サービス球場や球団職員、選手などに対する医療サービスを提供
NRG Energyエネルギー球場にサステナブルエネルギーを提供し、「ネットゼロ」を目指す
PepsiCoソフトドリンク・スナックスタジアム内で左記カテゴリの独占販売権を有する
SAPITソリューション球場にITソリューションを提供するほか、練習施設の命名権を取得
Violin Memoryデータ記憶装置球場内にデータ記憶サービスを提供する
Yahooオンラインサービス球団のオンラインサービス(ソーシャルメディア、動画等)を提供

出所:トランスインサイト株式会社調べ

 現在、スポーツ施設は協賛企業から単なる「露出機会の提供」を超え、「商品・サービスの見本市」という役割を求められるようになってきており、各企業は設計段階から自分たちの協賛活動が展開しやすいように、権利を取得したエリア(スイートボックス、ラウンジ、テラス、コンコースなど)の設計にどんどん口を出していくのです。

 これに対して、日本のスポーツ施設では、建設前にテナントや協賛企業の意見を踏まえることは稀なようです。これは前述のように「税金を使っている以上、特定の企業だけに配慮した対応はできない」というスタンスに基づきます。

 以前、あるクライアントとともにスポーツ施設を運営・管理している米国の自治体にヒアリングに行ったことがありました。その際、施設設計に事業者が主体的に関与しない日本の現状を説明すると、「例えば、工場を作るとしましょう。その工場で何を作るかを決めずに、あなたはその工場を建設しますか? 自動車を作るのか、洋服を作るのかによって、施設のレイアウトは大きく違ってくるはずですよね」と言われて、一同言葉を失った経験がありました。

 新国立競技場の建設では、施設の外観デザインとそのコストの議論に終始しているような印象を受けます。しかし、ビジネス的に重要なのはむしろ中身の事業設計です。従来のようにスタジアムを建てた後から協賛企業を募集し、所有者は管理のみに徹するようでは、5500億円を超える巨額の投資回収はおぼつかないと言わざるを得ないでしょう。

成否を分けるのは継続的な投資計画の有無

 さて、冒頭のサンフランシスコ・ジャイアンツ球団社長の発言に戻りましょう。

 「半世紀前に立てられたスタジアムでも、10年前に立てられたような新鮮な印象を与え続けるものもあれば、75年前に立てられたように古びて感じるものもある。その違いを生むものは何だか分かりますか?」

 同氏はこの質問に続けて、49ersが一昨年まで使用していたキャンドルスティック・パークと、ジャイアンツの好敵手ロサンゼルス・ドジャースの本拠地、ドジャースタジアムを比べてみるように参加者に促しました。両施設はいずれも旧国立競技場が建設されたのと同時期の1950年代後半(キャンドルスティックは旧国立と同じ1958年、ドジャースタジアムは59年)にオープンした屋外型スタジアムです。

 しかし、前者は長期的な視野での改修計画を持たず、文字通り時と共に朽ち果てていき、最後はテナントにも逃げられてしまいました。一方、ドジャースタジアムは、2012年に球団オーナーが代わると、米国スタジアムビジネスに革命を起こしたカムデン・ヤーズ(詳細は「スタジアムビジネス革命は伝説の球場から始まった」参照)の設計者をヘッドハントし、総額2億ドルにも及ぶスタジアム改築計画を練り上げました。

 その結果、ドジャースタジアムは往年の雰囲気を残しながらも、事業的に最新の施設に生まれ変わりました。ドジャースタジアムには私もよくクライアントを連れていくのですが、本当に素晴らしいスタジアムで、半世紀以上経っている施設とは思えません。こうした施設のことを、本当の「レガシー」と言うのだと思います。

 両者の成否を分けたのは、「継続的な投資」という発想・計画の有無です。業界では、俗に「ディズニーランド・アプローチ」とも言われるものです。

歴史だけではレガシーにならない

 ディズニーランドでは、毎年必ず新しいアトラクションが追加されていきます。それがフックになって集客力が維持されます。ファンは「今年は何ができるんだろう?」と常に新鮮な好奇心を抱き続けることができるのです(実際、日本のエンターテインメント業界で圧倒的な強さを見せる東京ディズニーランドでさえ、今後10年で5000億円を投じる開発構想を計画しています)。

 スポーツ施設設計もこれに似ています。どんなに素晴らしい哲学を持って設計され、どんなに巨額の資金を投じて建設された施設でも、残念ながら観客は数年でその環境に慣れてしまいます。米国では、「いったん良いものを作ればいつまでもお客が来る」という発想はもう通用しないというのが常識です。

 そのため、米国の施設運営の現場では、「維持管理」(メンテナンスコスト)と「設備投資」(キャピタルインベストメント)を厳密に分けて予算化しています。「維持管理」は、必要最低限の安全性や機能性を維持するのに必要なメンテナンスに掛かる費用で、清掃や警備なども含めたコストです。

 一方、「設備投資」は、新たなアトラクション(パーティーエリア、ラウンジ、レストラン、キッズエリア、エンタメエリアなど)を定期的に追加してファンからの新鮮な興味・関心を維持したり、日進月歩のテクノロジーの進歩の中で技術的な陳腐化を防ぐなど、施設の総合的な価値を高めるための投資です。

 維持管理を「守り」とするなら、こちらは「攻め」に当たる部分です。そして、この「攻め」の投資計画の有無が、将来単なる老朽化した“古墳”になるのか、地元住民やファンから愛され続ける“レガシー”になるのかの分かれ目なのです。歴史を守りさえすればレガシーになるという単純なものではないのです。

 取り壊された旧国立競技場は、高度成長期の前回の東京五輪で使われたこともあって、確かに日本人の精神的なシンボルだったかもしれません。しかし、厳しいことを言うようですが、米国の最新スタジアムを肌で知っている身から見れば、まともなホスピタリティーエリア1つなかった旧国立競技場は事業的にはお世辞にも一流施設とは言えませんでした。

 新国立競技場では、建設後に「攻め」の設備投資計画が予算化されているかは不明です。もし旧国立競技場のように「いったん建設して、後の50年は適切に維持管理さえしていれば自動的にレガシーになる」などと考えているようなら、その計画は改めた方がいいでしょう。世界のスポーツ施設の建設トレンドを踏まえた適切な追加投資も見越した上での収支計画を立ててほしいと思います。

 新国立競技場が日本の政治的混乱の“墓標”にならないことを切に願います。

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