1. コラム

グーグルも投資するファンタジー・スポーツとは

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 まずはこちらの映像をご覧ください。これは、ファンタジー・スポーツ「ドラフトキングス」(DraftKings)の参加者が、優勝賞金100万ドル(約1億2000万円)を手にした瞬間のものです。

 恐らく日本では「ファンタジー・スポーツ」と聞いてもピンと来ない方が大半でしょう。ファンタジー・スポーツとは、自分がプロスポーツ球団のGM(ゼネラルマネージャー=選手獲得の最高責任者)になったつもりで好きな選手を集めて“空想(fantasy)の最強チーム”を作り、相手チームと“対戦”するというものです。

 ファンタジー・スポーツのユニークな点は、その“対戦”方法です。実在する選手を集めてチームを作るのですが、その選手のシーズン中の実際の成績が連動し、野球なら「ホームランを打ったら1ポイント」「三振を奪ったら1ポイント」といった形で得られるポイントの合計で勝負するのです。

 ですから、実際に活躍しそうな選手を見極めることができるかどうかという「目利き」が重要になります。また、スランプに陥りそうな選手や怪我をした選手などはいち早く登録から外さなければなりませんから、選手の調子や対戦相手との相性などを熟知していなければいけません。トレードでの交渉手腕も試されます。まさに、実際のGMと同じ力量が問われるのです。

 数年前にブラッド・ピットが主演した「マネー・ボール」という映画が話題になりました。米メジャーリーグ(MLB)の弱小貧乏球団だったオークランド・アスレチックスが、それまでの経験と勘に基づいた選手評価を廃し、米ハーバード大学で経済学を学び当時まだ20代だったポール・デポデスタを参謀に迎えて統計学に基づいたスカウティングを行い、MLBに一大旋風を巻き起こした物語です。

 ファンタジー・スポーツに参加すれば、誰でも“第2のデポデスタ”になれるのです。これがファンタジー・スポーツ最大の魅力でしょう。しかも、最近は参加者数の急増により賞金総額もうなぎ上りで、冒頭で紹介したように文字通りミリオネア(億万長者)が誕生するようにもなりました。

一大市場を形成するファンタジー・スポーツ

 ファンタジー・スポーツ事業協会(FSTA)によると、米国でのユーザ数は約3200万人で、彼らが年間平均で467ドル(約5万6000円)をゲーム関連サービスに費やし、総額150億ドル(約1兆8000億円)の一大市場を形成しています。米国で最も大きなプロスポーツである米プロフットボールリーグ(NFL)の市場規模が100億ドル超であることを考えると、その大きさがお分かりになると思います。

 ファンタジー・スポーツは無料で提供されるものと、参加料を取って成績優秀者に賞金を還元するものに大別されます。最近の流行は、後述するように1試合だけを対象に安価な参加料(5~25ドル程度)を支払えば参加でき、ほとんど宝くじと同じような気軽さで換金できるデイリー・ファンタジー・スポーツ(DFS)と呼ばれるカテゴリです。

 DFSでは、例えば5ドル(約600円)の参加料のゲームなら優勝賞金1万5000ドル(約180万円)、10ドル(約1200円)なら5万ドル(約600万円)、25ドル(約3000円)なら100万ドル(1億2000万円)といった具合に、リスクマネーとリターンの金額によりいくつものグレードに分かれています。例えば、以下はドラフトキングスが現在開催しているコンテストの一部ですが、合計すれば軽く数百はあります。

 数ドルの参加料とはいえ、1つのゲームに数十万単位の参加者を集めるDFSでは巨額のお金が動きます。市場調査会社Eilers Researchによれば、2015年にDFSプレーヤーは合計26億ドル(約3120億円)の参加料をファンタジー・ゲーム事業者に支払うと推測されています。

 市場を構成するのは参加料だけではありません。各メディアは、参加者向けに独自に分析した情報を有料で提供する専門雑誌やサイト、テレビ番組などを提供しています。また、ファンタジー・ゲームのユーザーは高学歴でメディア消費時間の多い若年層という特徴があり、ここをターゲットにした企業がこうしたメディアに多額の広告を出稿しています。

 さらに、後述するようにDFS事業者自体もテレビ広告やスポーツ組織へのスポンサーシップに巨額な資金を投入しており、これらが全体として巨大な市場を創り上げているのです。

ファンタジー・スポーツが爆発的に成長した3つの要因

 今やNFLを凌駕する市場にまで成長したファンタジー・スポーツですが、1950年代には既に似たようなゲームが存在していたようです。当初は、統計好きが私的に集まって自らの分析力を競っていたようですが、1980年代に雑誌編集者だったダニエル・オクレントが、現在のファンタジー・スポーツの基礎となる実際の選手の成績に連動させたポイントシステムを発明し、その原型を確立したと言われています。

 しかし、この時点では、まだ“マニアの娯楽”の域を出るものではありませんでした。ファンタジー・スポーツが今日のように爆発的に成長した主な理由として、次の3つの要因を指摘することができるでしょう。

 第1に、インターネットの普及です。ネットが普及するまで、各プレーヤーは定期的にレストランなどに集まって参加者同士で直接情報をやり取りする必要がありました。ネットの普及でオンラインゲームが登場したことにより、この物理的制約が解消されたのです。

 第2に、ライツホルダー(スポーツ組織)からの利用許諾が不要になった点です。当初、ファンタジー・スポーツで使われる選手の名前やスタッツ(成績情報)は選手の肖像権の一部と解釈されたため、ファンタジー・スポーツ事業者は各スポーツの選手会に毎年数百万ドル単位のライセンス料を支払ってその利用許諾を受けていました。

 しかし、MLBから2006年以降のライセンス契約を打ち切られたファンタジー・スポーツ事業者CDM社が、MLBを相手取って「選手名やスタッツは肖像権に当たらず、ゲーム事業者はスポーツ組織からライセンス供与を受ける必要がない」という訴訟を起こしたのです(通称“CDM訴訟”)。そして、第1審の判決が業界に衝撃を与えました。

 裁判所は、ファンタジー・ゲームにて使用されている選手の名前やスタッツは、報道機関がスポーツニュースの中で利用するのと同様に言論・出版の自由の範囲内であり、肖像権の不法利用には当たらないとする判決を言い渡したのです。MLBは最高裁まで争いましたが、いずれも敗訴しています(2008年に結審)。

 それまで、ファンタジー・スポーツ事業者といえば、ESPNやNBC、CBS、Yahoo Sportsといった大手メディアの牙城だったのですが、この裁判が結果的にベンチャー企業の参入を可能とした点は、次の第3の要因にもつながる大きな転換点として指摘できるでしょう。

爆発的成長を促したDFSとその矢先のスキャンダル

 第3の要因は、冒頭でも触れたデイリー・ファンタジー・スポーツ(DFS)の隆盛です。それまで、ファンタジー・スポーツは実際の競技の公式戦に沿って行われるため、シーズンを通して戦うタイプが主流でした。しかし、公式シーズンは半年にも及びますから、なかなか根気のいる作業です。

 数か月間も選手の調子や成績を見続け、分析を行い、登録メンバーを入れ替えるには高いコミットメントが求められます。これに対し、DFSは文字通り1日(1試合)で勝負が決まるため、手軽に参加することができます。DFSの隆盛は、それまで敷居が高かったファンタジー・スポーツを一気に普通のスポーツファンにまで広げるきっかけを作ったのです。

 現在、DFSの大手としては冒頭で紹介したドラフトキングス(DraftKings)とファンデュエル(FanDuel)が挙げられ、この2社だけでDFS市場の約95%を独占しています。それぞれ2012年、2009年に設立された新興ベンチャー企業ですが、設立からたった5年前後の間に多くの出資者を集めることに成功し、業界最大手のファンデュエル社は、今年Google CapitalやTime Warner Investmentsなどのベンチャーキャピタルから2億7500万ドル(約330億円)の資金を調達しています。

DFS大手事業者の比較

DraftKingsFanDuel
設立2012年2009年
売上(2014年)3000万ドル5700万ドル
事業評価額12億ドル13億ドル
調達資金額3億7500万ドル3億6100万ドル
テレビ広告費(2015年)※1億3140万ドル7450万ドル
主な投資家Atlas Ventures
BDS Venture Fund
Boston Seed Capital
DST Global
FOX Sports
GGV Capital
Redpoint Ventures
Wellington Management
MLB
NHL
MLS
Madison Square Garden
Legends
The Kraft Group
The Raine Group
Comcast Ventures
Google Capital
KKR
NBC Sports Ventures
Piton Capital
Shamrock Capital
Time Warner Investment
Turner Sports
NBA
NBAの球団オーナー
NFLの球団オーナー

出所:SportsBusiness Journal、Forbes、Wall Street Journalを基に作成
※10月5日までのテレビCMへの投下費用

 DFS事業者は今年からテレビCMに巨額の資本投下しているほか、各プロスポーツ球団のスポンサーになるなど、積極的に事業拡大に舵を切っています。個人的な体験としても、今年に入ってスポーツ中継でCMが繰り返しオンエアされるようになり、マンハッタンを移動していても、地下鉄や街中でその広告を目にする機会が急に増えた印象です。実際、両社の売り上げの推移を見ても、今年が事業拡大のターニングポイントだったことが分かります。

DFS大手2社の売上高の推移(2011年~15年)(単位:百万ドル)

出所:FanDuel、DraftKings
※ 2015年は推測値

 ファンタジー・スポーツはその市場の7割が「ファンタジー・フットボール」により形成されていると言われています。試合数が多いMLBや米プロバスケットボール協会(NBA)、プロアイスホッケーリーグ(NHL)などは、1週間に何試合も行われるためメンテナンスが大変なのに対し、NFLは週に1回しか試合がないので参加しやすいためでしょう。

 そのため、DFS事業者もフットボールシーズンが開幕する9月初旬に向けて巨額の広告投資を行っています。DFS大手2社は、表にもあるように今年に入り合計2億ドル(約240億円)以上を広告費用として投じていますが、実に7割を超える1億5000万ドル(約180億円)をフットボールシーズンの始まる第3四半期に集中投下しています。

 このように、米スポーツビジネスでの新たな成長エンジンとして注目され始めたファンタジー・スポーツでしたが、フットボールシーズンが深まり「さあ、これから勝負!」という時に、あってはならないスキャンダルに見舞われます。従業員によるインサイダー取引が発覚したのです。

内部情報を利用して600万ドルの賞金を獲得

 ニューヨーク・タイムズ紙は10月5日の記事で、ドラフトキングスの従業員が自社の内部情報を用いてライバル企業ファンデュエルのゲームに参加し、35万ドル(約4200万円)の賞金を獲得していた事実を暴きました。その後の調査により、同社の複数の社員がファンデュエルから合計約600万ドル(約7億2000万円)の賞金を得ていたことが明らかになっています。

 ここで指摘されている「内部情報」とは、「選手の所有率リスト」です。つまり、実際にゲームユーザーがどの位の割合でどの選手をメンバーに入れているかというオッズ情報です。オッズ情報が分かれば、勝ち馬に乗る戦略や裏をかく戦略が立てやすくなるのです。通常、この占有率リストはメンバー登録終了後、ゲームが開始されると公表される情報なのですが、これを事前に手にしていたのです。

 多くのユーザーはこの大手2社のゲーム両方に参加しており、似たようなメンバーを登録しています。そのため、厳密には(参加している)ファンデュエルのゲームに関する情報でなくても、有効利用することができたのだと推測されています。

 このスキャンダルの発覚により、ファンタジー・スポーツ業界は現在ハチの巣を突いたような大騒ぎになっています。まず、両社が本社を置くマサチュセッツ州とニューヨーク州の検察当局が両社の捜査を開始しました。これに次いで、米連邦捜査局(FBI)も予備捜査に着手したと報じられています。

 両社はこの不祥事発覚後、即座に従業員による他社ゲームも含めたファンタジー・スポーツへの参加を一切禁止する方針を打ち出しましたが、疑惑の目を払拭するには到底至っていません。既に、両社はゲーム参加者から損害賠償を求める複数の集団訴訟を起こされています。

 そして、疑惑の目はDFS事業者のビジネスプランそのものを脅かすまでに至っています。

ファンタジー・スポーツは合法ビジネスか?

 ラスベガスなどの印象が強いため、米国はスポーツ賭博に対して寛容だというイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、実は米国ではスポーツを対象にしたギャンブルは原則として禁止されています。

 以前、「米国でスポーツ賭博が合法化される?」でも書きましたが、1992年に成立した連邦法「1992年プロ・アマスポーツ保護法」(Professional and Amateur Sports Protection Act of 1992。通称「PASPA」)は、ラスベガスのあるネバダ州や、モンタナ州、デラウエア州、オレゴン州の4州のみ例外的にスポーツ賭博を認めていますが、そのほかの46州と特別行政区(ワシントンDC)において、スポーツ賭博を禁じています。

 では、なぜDFS事業者が大手を振ってビジネスをできるのでしょうか。それは、彼らが「ファンタジー・スポーツは賭博(ギャンブル)ではない」と主張し、その主張に基づいてビジネスを展開しているからです。

 一般的に、賭博かどうかの分かれ目は、その行為が「運だめし」(game of chance)なのか「技量に基づく」(game of skill)のかになります。例えば、宝くじなどは明らかに運試しですからギャンブルに分類されますが、ファンタジー・スポーツは情報分析という技量に基づいたゲームということで、ギャンブルには分類されないという解釈が一般的です。

 難しいのは、1試合だけで勝負がつくDFSは本当に「技量に基づく」と言えるのかどうかと言う点です。確かに、DFSにも日夜たゆまぬ情報分析が必要かもしれません。しかし、勝敗が決まるのはたった1試合の選手のパフォーマンスで、その活躍にどれだけ情報分析が当てになるのかは微妙です。DFS事業は、まだ議論が成熟していない間隙を縫って急速に発展してきた、グレーゾーンのビジネスとも言えるのです。

 実は、この問題はファンタジー・スポーツ業界に留まるものではありません。国や自治体、スポーツ組織がスポーツ賭博と今後どのように向き合って行くべきかという大きなテーマが根底にあります。その意味で、今後米国当局やスポーツ界がファンタジー・スポーツ業界とどのように折り合いをつけていくかは、その動向を占う先行事例として非常に興味深いわけです。

 次回のコラムでは、スキャンダルの続報なども交えながらこのテーマについて考察を続けてみようと思います。

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