このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです
日米ともにプロ野球シーズンが大詰めを迎えています。日本では広島カープが25年ぶりに日本シリーズ進出を決め、32年ぶりの日本一を目指して日本ハムファイターズと対戦しました。結果は、ご存知のように日本ハムファイターズが2連敗の後4連勝し、日本一に輝きました。
一方、米メジャーリーグ(MLB)では、71年ぶりにワールドシリーズ進出を決め、何と108年ぶり!の優勝を目指すシカゴ・カブスと、19年ぶりのワールドシリーズ進出で、68年ぶりの王者を目指すクリーブランド・インディアンズが対戦しました。インディアンズの2連勝で始まったシリーズは、カブスの踏ん張りで第7戦までもつれ、昨日行われた最終戦でカブスが勝利を収め、シカゴに渇望された祝福をもたらしました。
このように、日米ともに今年の優勝決定シリーズは優勝の栄冠から長らく遠ざかっていたチームが進出したという点で共通していました。しかし、大きく異なっていた点もあります。その1つが、観戦チケットのプライシングです。
日本シリーズのチケット価格は、最安値が外野指定席の3600円、最高値が内野SS指定席と砂かぶり席の9800円でした(10月29日の第6戦@広島)。一方、ワールドシリーズでは、最安値が外野席上部の175ドル(約1万7500円)で、最高値は内野席の450ドル(約4万5000円)でした(10月28日の第3戦@シカゴ)。
驚くのはまだ早いです。日米球界最高のチームを決める優勝決定戦ですから、チケットはあっという間に完売してしまいます。そのため、(特に米国では)多くのチケットが再販市場に出回ります。再販市場の販売価格を比べてみましょう。
日本では、チケット再販の大手、チケットキャンプで、ファイターズが優勝を決めた第6戦の内野SS指定席の最高値は8万円でした(日本時間29日午前4時=試合開始14時間半前の時点)。これに対し、シカゴ・トリビューン紙によれば、10月28日の第3戦のチケットは再販市場にて平均(最高値ではありませんよ)6155ドル(約61万5500円)で取引されていたそうです。私も試合直前に確認しましたが、立見席でも1600ドル(16万円)以上で取引されていました。
この第3戦は、71年ぶりにカブスの本拠地=リグレー・フィールドにワールドシリーズが戻ってくる試合ですので、とりわけ再販価格が高騰したようです。しかし、同じ野球界の最高峰の試合だというのに、どうしてここまでチケット価格に差が生じるのでしょうか?
今回のコラムでは、チケット再販ビジネスで日本の先を行く米国の状況を解説しながら、日本のチケット再販の状況を整理してみようと思います。
米国では消費者にとって当たり前の再販サイト
チケットの再販は古くて新しい領域です。古くは「ダフ屋」や「ブローカー」を介してチケットの再販が行われていました。
状況が一変したのは、インターネットが登場して以来です。ネットの登場により、チケットの再販がより簡単かつ大規模に行うことができるようになりました。米国でチケット再販の巨人、スタブ・ハブ(StubHub)が創業されたのが2000年のことです。
2000年を境に、米国スポーツ界ではチケット転売の一大市場が築かれていくことになります。米国では、今や再販サイトはチケット購入者が最初に参照する選択肢の1つとなっており、消費者にとって当たり前の存在になっています。私も個人的によく使っています。
需要過多になる人気イベントにもなれば、多くのチケットが高額で取り引きされることになり、逆に再販サイトでの価格の高さが人気のバロメータとして紹介されるようにもなっています。実際、冒頭でお伝えしたカブスのチケット再販価格は、従来のワールドシリーズを大きく上回るものになったため、「ワールドシリーズもスーパーボウルに匹敵するイベントになった」といった見出しがメディアに踊りました。
ちなみに、米国でも最も高額で取り引きされると言われるNFLの優勝決定戦「スーパーボウル」での過去5年間の平均転売チケット価格は以下の通りです(チケット1枚の値段)。
グラフ:スーパーボウルでの平均チケット転売価格
米国のチケット販売市場(2013年)は一次市場(興行主が直接販売する市場)が約170億ドル(1兆7000億円)と言われていますが、再販市場は既にその約30%の約50億ドル(5000億円)の規模となっています。このように短期間で巨大な産業に成長したチケット転売市場ですが、その成長ステージを観察すると、「静観」「協働」「内製化」と、大きく3つのフェーズに分けることが可能です。以下にそれぞれ解説していきましょう。
硬直的なプライシングが再販の機会を生む
再販サイトが登場した初期(2000年ごろ)、スポーツリーグは敵か味方か分からない再販業者に対するスタンスを明らかにせず、彼らの事業を「静観」していました。実質的には、リーグ機構はリーグ全体での再販市場へのスタンスを定めず、対応は各球団に任せる形にしていました。
この「静観フェーズ」は5~6年ほど続きました。この間、再販業者は利便性の高いサイトを構築するなどして一気にチケットの取り扱い量を増やしていきました。
再販サイトの代名詞にもなっているスタブ・ハブがスタンフォード大学ビジネススクール出身の投資銀行家によって起業されたことが象徴的ですが、旧態依然としていたチケット販売ビジネスの需給バランスのギャップに目を付けた多くの起業家がこのフェーズにチケット再販関連のベンチャーを起こして行ったのです。
一般的に、スポーツ観戦チケットの値付けはシーズン開始前に行われるのが普通です。例えば、野球なら4月から10月頃まで開催されるシーズンに備えて、開幕前にホームゲーム全試合(MLBなら81試合)の値段を決めます。多くの場合、フィールドに近い席ほど値段が高くなり、この値付けが全試合一律に適用されることになります。
しかし、半年以上も前に試合の「本当の価値」を正確に予測するのは簡単ではありません。「自チームの成績」や「対戦相手の成績」は、試合の価値を決める代表的な要素の1つです。消化試合なのか、優勝を決める試合なのかで、その試合の持つ重みは大きく異なってしまいます。でも、これはシーズンが深まるまで誰にも予想できません。また、野球なら、「誰が先発するのか」(エースが投げるのかどうか)、「天気はどうなのか」(暖かいのか、寒いのか)、「何か大きな記録がかかっているのか」(通算200勝や2000本安打など)などによって、チケット購入者が実際に感じる価値は変動します。
こうした理由により、スポーツ観戦のチケットは、額面価格が本当の価値を反映しないまま売られていたのです。こうした価格設定の硬直性により生まれた需給ギャップに目を付けた営利目的のダフ屋やブローカーに加え、行けなくなったチケットの処分を目的にしたシーズンチケット保有者などが便利な再販サイトを利用するようになりました。
圧倒的な力量の差から協働を余儀なくされたスポーツ組織
多くの消費者が当たり前のように再販サイトを活用するようになったため、スポーツ組織は価格政策上いくつかの問題点を抱えるようになりました。
代表的な問題点の1つは、供給過多の試合のチケットが額面割れの価格で販売されてしまう点です。こうなると、スポーツ組織が提供する一次市場(公式サイトなど)などでチケットが売れなくなるばかりか、最も割引率の高いシーズンチケットを買うインセンティブも低くなってしまいます。シーズン席保有者は、スポーツ組織にとって最重要顧客であり、この顧客層を失うことは大問題です。
もう1つの問題点は、需要過多の試合の収益が再販サイトに奪われてしまうことです。つまり、5000円で売っていたチケットが1万円で転売されるような場合(この差額の5000円は適正な値付けをしていればライツホルダーに入るはずの収益ですが)、その一部が再販サイトに手数料収入として移転されてしまう点です。
こうした理由により、スポーツ組織も彼らの存在を無視できなくなり、再販サイトと公式パートナー契約を結ぶ形での「協働」を余儀なくされます。2007年にNBAがチケットマスター(Ticketmaster)社と、MLBがスタブ・ハブ社と公式再販契約を結んだのを皮切りに、NFLやNHLなど他のリーグもこの動きを追随しました。
公式パートナー契約を結ぶと、その再販業者は「リーグの公式再販サイト」としてスポーツ組織から顧客誘導を受けることになります。その見返りに、売上の一定比率をスポーツ側に分配し、顧客情報を共有するのです。
これは見方によっては「敵に塩を送る行為」にも見えてしまいます。しかし、スポーツ側から見れば、「手をこまねいて負け戦を見ているよりは、きちんとした再販システムをシーズンチケット保有者に提供することで顧客満足度に配慮し、収益分配と顧客情報を手にした方がまし」というのが本音だったと私は見ています。言い方を変えれば、それだけスポーツ組織と再販サイトの力の差が歴然としていたということです。
チケット販売の「入口」と「出口」を押さえる
スポーツ組織(ライツホルダー)は、再販サイトとの協働を余儀なくされる中で問題の本質を学習していきます。再販市場が急速に拡大し、多くの顧客が再販市場に流れた本質的な問題点の1つは自分たちの価格設定の硬直性や使いづらいチケット購入サイトのデザインにあったことを理解したのです。
ライツホルダーによる価格設定が消費者の実際のニーズから乖離すればするほど、再販市場は大きくなります。フェラーリを100万円で売るような真似をすれば、誰でもそれを転売したくなるのと同じことです。
時代遅れになった自らのプライシング手法を見直す必要に迫られた米国スポーツ組織がまず着手したのは、ダイナミック・プライシングなどの柔軟な価格政策の導入です。ダイナミック・プライシングとは、需給バランスに影響を与える様々な要素を加味した値付けをリアルタイムに行うことで、その時の「時価」でチケットを販売する手法のことです(ダイナミック・プライシングについては、以前「米スポーツ界に革命を起こしたダイナミック・プライシング」にて詳述したのでここでは触れません。興味がある方はリンク先をご参照ください)。
価格政策に柔軟性を持たせることで、需要と供給の乖離を減らす努力をしたのです。ただ、スポーツビジネスで難しいのは、価格政策の成否に関わらず、シーズンチケット保有者により一定の転売市場が形成されてしまう点や、チームの勝敗や選手の活躍をコントロールすることができないため、期せずして大きな需要が生まれてしまうケース(予想に反して優勝争いに残ってしまう、大記録がかかった試合が来るなど)が避けられない点です。
こうした予期せぬ需要を逃さずマネタイズするために、スポーツ組織が現在着手しているのが、再販市場の「内製化」です。ダイナミック・プライシングの導入と、再販市場の内製化によって、顧客に対するチケット販売の「入口」と「出口」を押さえてしまうという考えです。
再販業者同士のバトルも勃発
実は、チケット再販業者はマーケット側につくか、ライツホルダー側につくのかで2種類のタイプに分けることができます。前者は、チケット転売価格を市場の需給バランスに委ねてしまう(自らは価格設定に介在せず、売り手と買い手が自由に設定する)タイプで、その代表的な事業者がスタブ・ハブです。
一方、後者は、チケット販売価格に一定の制約を設け、ライツホルダーの価格政策を保護するタイプです。例えば、再販価格にこれ以上安くできない「最低価格」(これを「プライス・フロア」などと言う)を設けるなどにより、チケットの値崩れを防ぐのです。こちらのタイプの代表的な事業者はチケットマスター社です(同社は、ライツホルダーの一次市場におけるチケット販売システムを構築している会社であり、彼らが再販市場でもライツホルダー側につくのは、自分のビジネスを守るためでもある)。
前述のように、MLBはマーケット側につくスタブ・ハブ社と公式再販契約を結んでいます。これと対照的に、MLB以外のメジャースポーツリーグは、チケットマスター社と公式再販契約を結んでいます。こうした背景もあり、再販市場の内製化はリーグレベルではチケットマスター社を中心に行われています。
同社は、パートナーシップを結ぶNBA、NFL、NHLに対して2013年から一次市場と再販市場を同一画面で表示するチケット販売サービス「TM+」を試験導入しています。顧客から見れば、チケット購入先がライツホルダーの提供する一次市場なのか、再販市場なのかはどうでも良い話ですから、両市場を統合してしまえというシンプルな考えです。
MLBはマーケット側につくスタブ・ハブ社と2017年まで契約が残っているため、今リーグレベルでは再販市場の内製化に向けた表立った動きは見せていませんが、球団レベルでは今年からボストン・レッドソックスが自前のチケット再販サイト「Red Sox Replay」をローンチするなど、新たな動きが出てきています。
このように、再販市場の中にあっても、市場側につく企業とライツホルダー側につく企業の綱引きがあります。「静観」から「協働」フェーズの途中までは前者が隆盛を極めていましたが、ライツホルダー側の“逆襲”により、後者の再販業者が形勢を巻き返しつつあります。
米国では、マーケット側につくスタブ・ハブのような再販業者が市場形成を牽引してきた経緯があり、再販市場では経済合理性によりチケット価格が決定されることが一般的になっています。これが、文字通り“世紀の一戦”になった今年のワールドシリーズのチケット再販価格が車を買える位の価格にまで高騰した理由です。一方、日本でのチケット再販の状況はどうなっているのでしょうか? 次回のコラムでは、米国におけるチケット再販市場の成長プロセスと比較しながら、日本のチケット再販市場の現状や問題点などについて考えてみようと思います。
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